九品仏駅に戻り反対側に出ると、すぐに浄真寺の参道入り口が現れる。秋のお彼岸ということもあってか、老若男女の参詣客がひっきりなしに出入りしていた。
参道の両側には、背の高いクロマツが並んでいる。この日は9月も後半だというのに汗ばむ陽気だったが、木陰になっていていくらか涼しく感じる。境内も豊かな緑に囲まれていた。
奥沢城から浄真寺へ
浄真寺は世田谷城主・吉良頼康氏の家臣、大平出羽守の館があった奥沢城跡である。吉良氏はここを仮住居としていたが、本城の世田谷城が完成すると、奥沢城を出城にして大平氏に与えた。
戦国時代、吉良氏の寵愛を受け、周囲に妬まれた大平氏の娘・常盤姫が遺書を結びつけた白鷺を放った。その白鷺を吉良氏が射落とし、白鷺を埋めたところから鷺草が咲いたという悲話が伝わっている。鷺草は世田谷区の「区の花」に定められ、浄真寺の境内には鷺草園がある。
1590(天正18)年、吉良氏の没落により奥沢城は廃城となり、徳川の支配で雑木林となったのち、1662(寛文2)年に開墾され奥沢新田となった。
1678(延宝6)年に高僧である珂碩上人が徳川家綱から奥沢城跡を賜り、衆生救済のために浄真寺を創建した。これが浄真寺のはじまりである。
浄真寺の正式名称は「九品山唯在念佛院淨眞寺」といい、上品、中品、下品の3つのお堂にそれぞれ3体の阿弥陀如来が安置されていることから九品仏の名で親しまれている。


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