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なぜ「リベラル」は左派も右派も社会を壊すのか 「進歩至上主義」の限界を突破する「共通善保守主義」

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歯車と人のイメージ
「進歩至上主義」が伝統的秩序を破壊し、個人を「根無し草」にしてきた(写真:ホシユイ/PIXTA)

INDEX

西洋近代の主要な政治的伝統である古典的リベラリズム(右派)、進歩的リベラリズム(左派)、そしてマルクス主義は、一見対立しているように見えて、実は「過激な進歩主義と人間社会の変革」を至上課題とする共通の基盤に立っている。
この進歩至上主義が引き起こした社会の解体と人間関係の砂漠化を克服するにはどうすればよいのか。新刊
『リベラリズムからの体制転換:ポストリベラルと共通善保守主義』から抜粋。著者で、政治哲学者のパトリック・J・デニーン氏が、左右の不毛な対立を超え、人間本来の安定や共同体の秩序を取り戻す「共通善保守主義」の理念と全貌を解き明かす。

左右のリベラリズムに共通する「進歩至上主義」のドグマ

現代の政治空間では、「保守対革新」「右派対左派」という激しい不毛な論争が絶え間なく繰り広げられている。

『リベラリズムからの体制転換: ポストリベラルと共通善保守主義』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします。紙版はこちら、電子版はこちら。楽天サイトの紙版はこちら、電子版はこちら)

しかし、政治哲学的視点から俯瞰するならば、近代における主要な政治思想である「古典的リベラリズム(リベラル右派)」「進歩的リベラリズム(リベラル左派)」、そして「マルクス主義(革命的ポピュリズム)」の3者は、根本的なレベルで同一の「共通前提」を共有している。

それは、政治の目的を「終わりなき変化と進歩(Progress)」に置き、人間を過去の伝統や地域、家族の制約から解放することこそが至上命令であるとする「進歩主義のドグマ」である。

まず、ジョン・ロックを祖とする「古典的リベラリズム」は、経済的エリートの優位性を確保し、個人の財産権と市場の自由を拡大することを主目的とした。

彼らは大衆の過激化を恐れ、憲法による制約を用いて資本主義の動的で変革的なエネルギーを解放した。これは「経済における進歩主義」である。

次に、ジョン・スチュアート・ミルに代表される「進歩的リベラリズム」は、経済的自由にとどまらず、伝統的な慣習や道徳、宗教的規範を「個人形成の邪魔になる障害物」とみなして解体を図った。

彼らは「生活の実験」を称賛し、専門家エリートによる指導のもとで文化・社会的な改革を推し進めた。これは「社会・文化における進歩主義」である。

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