そのことを伝えると、憤慨したように言った。
「やはり婚活に対する真剣さが足りなかったのでしょうね。こちらが働きかけないと動かないようでは、結婚してもうまくいかないと思います」
さらに続けた。「本気で婚活をしているのなら、相手を不安にさせないように行動するのが、常識のある人間のすることです」。たかおの言葉には、「自分は婚活を最優先していて、正しく行動している」「できない女性のほうに問題がある」という意識がにじんでいた。
彼は女性と関係を築こうとしているのではない。返事の速さ、質問の数、日程調整の仕方、連絡の頻度を確認し、自分が考える“結婚に前向きな女性像”に合っているかを審査し、不合格を出していた。
「見抜く力」と「関係を築く力」は、違う。
婚活が長引くほど、人を見る目は肥えていくのは確かなことだ。過去の経験から、小さな違和感にも早く気づけるようになる。だが、人の欠点を見抜く力が高くなったからといって、よい結婚ができるとは限らない。相手の問題点を正確に指摘できても、その人と関係を育てられるとは限らないからだ。
婚活は相手を採点する場ではない
みさえも、たかおも、自分なりの「婚活ではこう振る舞うべき」という正解を持っていた。
その正解自体が間違っているわけではない。だが、それを相手と関係を築くために使うのではなく、相手を採点し、減点するために使った瞬間、婚活は2人で関係を育てる場ではなくなる。目の前の相手を理解するよりも、自分の基準に合格するかどうかを見極める“試験官“になってしまうのだ。
結婚生活では、いつも自分の期待どおりに相手が動いてくれるとは限らない。言葉が足りないときもあれば、行動のタイミングがずれることもある。
そのたびに相手を批判し、「普通はこうする」「婚活ならこうあるべき」と正しさを突きつけていては、安心できる関係は築けない。
婚活で問われるのは、相手の欠点を見抜く力ではない。
相手に求めていることを、自分からも差し出せるか。自分の正解をいったん脇に置き、相手の事情や考え方に耳を傾けられるか。評価する側から関係をつくる当事者へと移らなければ、出会いの数を増やしても、婚活は同じところをカラ回りし続ける。


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