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経済ジャーナリストが迫る「日本企業の底力」。地政学リスクの時代に国内製造を貫く、中小部品メーカーのものづくりの矜持

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経済ジャーナリストの田北浩章氏(写真右)と森清化工 代表取締役社長の毛利栄希氏
  • 森清化工 制作:東洋経済ブランドスタジオ
さまざまな機械や配管に使われるゴム部品のO(オー)リング。これがないと多くの現場が止まってしまう重要部品だが、その専業メーカーが今年で創業75年を迎えた森清化工である。実は同社は創業以来一度も赤字を経験したことのない超優良企業。世界情勢の緊張やサプライチェーンの分断といった地政学リスクが高まる昨今においても安定して黒字を維持している。外部環境が大きく変化する中、中小メーカーである同社は、なぜ安定した経営を続けることができるのか。東京商工会議所主催の第22回「勇気ある経営大賞」優秀賞を受賞するなど、今改めて注目を集める森清化工の強みについて、経済ジャーナリストの田北浩章氏が同社トップの毛利栄希氏を直撃し、その秘密を探った。

地政学リスクで再評価される「国内生産」へのこだわり

田北 中小企業の経営で最も困るのが先を見通せないことです。直近では米国、イスラエルによるイラン攻撃。ホルムズ海峡の危機で地政学リスクが顕在化しましたが、影響はどうでしたか。

経済ジャーナリスト 田北 浩章氏
1985年、東洋経済新報社に入社。産業記者、『オール投資』『週刊東洋経済』の編集部を経て、『ベンチャークラブ』や『会社四季報』の編集長を務める。取締役編集局長、常務、専務を歴任した後、2022年に代表取締役社長就任。25年に退任し、現在は大学・高校や民間企業での講演、執筆活動、劇団経営のアドバイスなどを行う。動画ベンチャーの立ち上げにも挑戦中

毛利 調達については今のところ問題ありません。Oリングの原材料は合成ゴムですが、海外から輸入するゴム素材メーカーが多い中で、当社は国内に生産設備を堅持している大手サプライヤーから長年にわたり安定供給を受けています。

田北 Oリングは液体・気体の漏れを防ぐ用途でさまざまな機械や配管に使われていて、これが供給されないと工場やインフラが止まりかねない。いわば“部品界のホルムズ海峡”のような存在だと思うのですが、顧客から不安の声などはありませんでしたか。

森清化工 代表取締役社長
毛利 栄希氏

毛利 危機が発生した直後は、お客様から多くの問い合わせをいただきました。「まだあるけれど、心配で多めに確保しておきたい」と。

かつてOリングはコストで選ばれる傾向がありました。しかし、コロナ禍の際にグローバルのサプライチェーンが大きな影響を受けたことで、経済安全保障という観点から部品や加工技術を国内で確保することの重要性が改めて認識されるようになっています。

製造業の現場では、海外から機械は買えても、それを直すための補修部品が手に入らないというリスクが顕在化しています。Oリングもそうした補修部品の1つです。目立たない部品ですが、これが供給できなければ機械もインフラも止まってしまう。

だからこそ当社のお客様も、コストより供給の安定性を重視するケースが多くなっています。私たちが創業以来一貫して国内生産にこだわってきたことが、今や社会の安心・安全を根底から支える最大の付加価値となっていると実感しています。

米国石油メジャーから認められた、「安心・安全」追求の高品質

田北 コストより供給の安定性というのは時代の変化を感じます。森清化工のOリングは日本国内だけでなく、米国の石油メジャーの掘削設備にも使われているそうですね。

毛利 私たちの「Samurai-95」というOリングが2017年に採用されました。地下5000m級の石油掘削現場では、パイプの中に「セーフティバルブ」という安全装置が組み込まれています。地下の急激な圧力変化によって坑内のガスが噴出・暴発するのを抑えるための重要な装置で、そこに使われるシール材の1つが私たちの製品です。

米国の石油掘削4大メジャーの設備で採用されたOリング「Samurai-95」

地下深くなるほど圧力も温度も上がって、深部では260℃近くに達し、硫化水素をはじめとする腐食性の強いガスにさらされます。高圧の中でゴムの分子に気体が入り込み、それが地上に引き上げられるなどして急激に減圧されると、深海魚が海面に上がると体が膨張してしまうのと同じような現象が起こります。ゴムの内部が膨らんで破裂してしまうのです。

これを防ぐため、Oリングを4分割してすべての断面に傷がない「オールゼロ」の品質が求められます。1カ所でも傷があれば不採用。この品質基準を満たす企業は、世界で当社を含めて3社だけです。厳しい基準をクリアし、過酷な環境にも耐えられる高い品質を証明できたからこそ、当社の製品が正式採用されました。

田北 世界の3社に入るというのは決して簡単なことではなかったのではと思います。大手Oリングメーカーもある中で、どのように独自の技術力を築いてこられたのですか。

毛利 先代は「中小企業には生きていける池の大きさがある」とよく話していました。小さな魚は大きな海に出ると大きな魚に食べられてしまいますが、小さな池ならば逆に大きな魚は生きられず、私たちはサバイバルできる。Oリングはまさに小さな池。その製品領域に絞り込んで技術を磨いてきたことが今につながっていると思います。

田北 大企業が入ってこられない小さな池でシェアを高める発想は中小企業にとってとても大事ですね。それができた背景には、技術者の存在も大きいのではないでしょうか。

毛利 そのとおりです。当社は一般産業用製品からSamurai-95のような超高性能製品まで、幅広い製品を提供しています。特に、独自のレシピを基に用途に合わせて素材を加工する技術は、ほかの会社にはなかなかできないものです。

ただ、職人の勘だけに頼ると属人化し、技術の伝承も難しくなります。そこで私たちは職人の技とシステムを融合させる「ハイブリッド工場」と呼ぶ取り組みによって、品質のばらつきを抑える仕組みを整えています。それが、お客様に安心していただける品質の裏付けにもなっています。

物が売れないときこそ在庫を積み増す「逆転の発想」戦略

田北 そうした中で、森清化工のいちばん驚くべき点は、75年も黒字経営を続けているということです。景気の波をダイレクトに受ける中小企業では簡単なことではない。金融危機やコロナ禍などがあっても、赤字にはならなかった。その理由についてどう分析されますか。

毛利 根底にあるのは、本業であるOリングへの投資の集中です。例えばバブルの頃は、多くの企業が儲けをさまざまな事業に投資したり財テクをしたりしていました。

一方、当社の先代は儲かっても本業以外にはお金を使わなかった。いろいろな事業に手を広げるのではなく、Oリング一本に投資を集中させてきた結果として、資本力が強化されました。自己資本比率は9割を超え、借り入れもほとんどなく、金融的な危機の影響は受けませんでした。

田北 9割は驚異の自己資本比率ですね。株式上場していたら、投資家から「もっと資本効率をよくしろ」と言われますね。

毛利 資金を無駄にしていたわけではないのです。景気が悪く物が売れない時期は、むしろ生産に力を入れて在庫を積み増しました。在庫をしっかり持っていれば、当社が大事にしている「高品質・品揃え・即納」を実現しやすい。

例えばコロナ禍明けで半導体需要が落ち込み売り上げが下がったときも、私たちは工場の稼働を止めませんでした。生産を続ければ、地政学リスクでサプライチェーンが危うくなる状況でも安定的に製品を供給できます。今回のホルムズ海峡の危機で不安になったお客様のニーズに対応できたのも、積み上げてきた在庫があったからです。

田北 興味深いです。一般的には、不況期に在庫を積み増すのはメーカーとして「非常識」です。景気が厳しいときほど、普通は在庫を減らして手元にキャッシュを確保しようとします。それを逆転の発想で、意図的に在庫を積み増す。自社の強みに変えているわけですね。

毛利 まさに逆転の発想だと思います。また、景気が悪くなったからと社員の雇用をカットすることは絶対にしません。生産を続けることで雇用も安定し、職人の技術も磨かれ、次の世代に継承しやすくなります。ものづくりの本質は「人が革新的な製品を生み出すこと」にあると考えていますので、雇用を守りながら技術を蓄積していくことを大切にしています。

国内生産を貫き、日本のものづくりを支え続ける

田北 お話を聞いていると、先代から引き継いだ考え方をとても大事にしていらっしゃる印象があります。毛利社長の代になって変えたところもあるのでしょうか。

毛利 クレームに対する姿勢でしょうか。年間約3億個を生産しているので、月に10件前後は何らかのクレームが発生します。製品の品質上のばらつきによるケースもあれば、使用環境などが影響して不具合が生じるケース、お客様のニーズの変化によって従来とは異なる品質が求められるケースもあります。

先代は職人気質で、お客様との接点を現場に委ねるところがありましたが、現在はすべて私が直接対応しています。トップが情報を直接把握すれば、「品質管理のフローを見直そう」「次はこの機械に投資しよう」とすぐに判断できます。そのため、問題が起きた際も現場を責めることなく改善につながり、小さな不具合でも速やかに報告が上がってくるようになりました。

田北 私も『会社四季報』の編集長時代、読者からの問い合わせに直接対応しました。対応する中で市場の動向を感じ取れるのです。私が経営者の方によく申し上げるのが「アナグマ社長になってはいけない」ということ。経営課題を解くカギは、会社の中ではなく外にある。社長室や会議室に解は落ちていない。とにかく外に出て五感を使って情報を吸収する、人に会う、教えを請うことが大切です。毛利社長はまさにそれを実践されていますね。

毛利 その重要性はよくわかります。外でお客様から聞いた話が、新しい製品開発のヒントになることも多いです。

田北 お話を伺って、この不確実な時代に国内生産を続けながら安定した経営を続ける森清化工の強さがよく理解できました。今後の展望をお聞かせください。

毛利 ありがとうございます。私たちの生産拠点がある千葉県匝瑳市は人口減少や過疎化が懸念される地域とされています。この地で自分たちのものづくりを継続していくためには、社員が長く安心して働けて、なおかつ省人化できる仕組みや、若い人材が新しいイノベーションを起こせる環境づくりに力を入れていくことが重要です。そうした取り組みを通じて、次の世代にバトンタッチする仕組みを私の代で築くことが果たすべき使命だと考えています。

私たちはOリングの領域において、まだ1番になったとは思っていません。だからこそ、「高品質・品揃え・即納」にこだわりながら「安心・安全」の価値を追求し続ける。今後も国内生産を貫き、日本のものづくりを支える企業であり続けたいですね。

田北 森清化工の経営には、地政学的リスクが増す時代、多くの中小企業、ものづくり企業の経営者にとってヒントになる話がたくさんありました。75年の黒字経営に偶然はない、必然の結果だということがよくわかりました。本日はありがとうございました。

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