新進党には公明党から衆議院と参議院の改選組が合流し、参議院の非改選組と地方組織は合流を見送った。中道の結成と似ているように見えるが、実態は大きく異なる。
その1つが「熟成期間」だ。前出の議員秘書は「新党結成の気運はその数年前から始まった。その間にじっくりと意思疎通を図っていった」と述懐する。
93年には細川政権が発足し、公明党からは神崎武法氏が郵政相、坂口力氏が労働相、石田幸四郎氏が総務庁長官、そして広中和歌子氏が環境庁長官として入閣した。94年9月の参院愛知県選挙区補選では、公明党のほか、新生党や日本新党、民社党、自由改革連合が推薦した都築譲氏が93万1936票を獲得し、自民党と日本社会党、新党さきがけが推薦した水野時朗氏に39万票近くの大差をつけて勝利した。
そして、結党の7カ月後に行われた参院選で、新進党は選挙区で1100万3681票・比例区で1250万6322票を獲得し、いずれも自民党を上回った。その背後には「辣腕」と言われた小沢一郎氏の存在が欠かせない。
余すところなく「創価票」の力を引き出す
小沢氏は公明党書記長だった市川雄一氏との関係を深め、「一・一ライン」と呼ばれた。そして、公明党の支持母体である創価学会のパワーを余すところなく活用した。
95年の参院比例区では、1位に大森礼子氏、3位に益田洋介氏、5位に加藤修一氏、8位に海野義孝氏、10位に但馬久美氏、12位に福本潤一氏、15位に渡辺孝男氏と、当選可能圏内の半数を公明系でそろえた。名簿のトップに女性を据えるとともに、新人を擁立することで「公明カラー」を払拭しようとした。
当時、ニュースキャスターとして活躍していた畑恵氏は、小沢氏から「3位以内で優遇する」と誘われたが、16位に甘んじざるをえなかった。畑氏の父親が小沢氏に抗議したが、「票も金もない人には上位はやれない」と追い払われたという話も伝わっている。
また、都市部にある改選定数3議席以上の選挙区も、魚住裕一郎氏(東京)、高野博師氏(埼玉)、松あきら氏(神奈川)、山本保氏(愛知)、白浜一良氏(大阪)と公明系でそろえた。
余すところなく「創価票」の力を引き出す——。それは、中道が今年2月の衆院選で各比例ブロックの上位に公明系の候補の名前を並べただけのやり方とは雲泥の差があった。


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