そして駅周辺では、まず西口で1950(昭和25)年度〜1968(昭和43)年度にかけて戦災復興土地区画整理事業と都市改造型土地区画整理事業が行われ、駅前広場や幹線道路などの都市基盤が整備された。土地区画整理にあわせて街区単位での再開発も進められた。
1956(昭和31)年には阪急百貨店が進出し、1971(昭和46)年にはその隣接地にホテル阪急が開業している。
とはいえ、繁華街らしい賑わいがあったわけではなかった。商業拠点性が高まっていったのは、平成に時代が変わった頃からだ。
一方、鮫洲駅の開業は大井町駅よりも早く1904(明治37)年であるが、それから路線は増えることなく今も1路線のみである。京急本線も普通電車しか停まらない。
乗車人員の数値を見ると、その差をより実感できる。鮫洲駅の2024(令和6)年度乗車人員は一日平均で4923人。大井町駅はJRだけで8万8152人、そこに東急大井町線の6万1349人、りんかい線の3万3545人も加わり、合計18万3000人。鮫洲駅とは約17万8000人もの差があるのだ。(『品川区の統計 2026(令和8)年 -第65回-』)
品川区も鮫洲を拠点にしていない
大井町と鮫洲の拠点性の違いは、品川区の方針にも如実に表れている。
品川区が2013(平成25)年に策定、2023(令和5)年に改定した「品川区まちづくりマスタープラン」では、広域活性化拠点、都市活性化拠点、地区活性化拠点、地域生活拠点という拠点を設けている。読んで字のごとく、広域活性化拠点が最も大きく、地域生活拠点が最も小さい拠点だ。
大井町は2番目の都市活性化拠点に位置づけられ、「区の中心核にふさわしい商業、業務、住宅、宿泊および文化施設等の多様な機能を備えた複合拠点の形成」をすると書かれている。先ほど触れた品川シーサイドも同じく都市活性化拠点だ。


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