冒頭の経営会議に戻りましょう。
あの社長が、あるいは私が見ていたのは、たった一本の因果でした。欠けていたのは頭の回転や経験値ではありません。世界を複雑なまま引き受ける構えです。
そして、成長とは、その複雑性に対する構えができていくということです。
最初は「世界は単純だ」と万能感を持っていたのに、さまざまな挫折を経て、世界が複雑に見えるようになっていく。つまり、今まで見えなかった「因果の糸」が徐々に見えるようになっていくのです。
かつては一本の線しか見えていなかった人の目に、別の因果の線が二本、三本と見えてくる。打った手がどこを経由してどう返ってくるのか、その道筋を少しだけ想像できるようになる。つまり、世界の解像度が上がっていくのです。
ただし、これは決して気持ちのいい体験ではありません。
「気合が足りない」と言えば、単純な因果に戻れる
因果が広がるということは、裏を返せば、自分の一手が全体に占める割合が小さくなるということです。
かつてのように、自分がこの変数を動かせば世界は動く、という感覚が壊れる。自分が持っていた万能感が、否定されていくことでもあるのです。
だから多くの人は、複雑さの入り口まで来ておきながら、そこで踵を返します。そして、もう一度あの単純な因果の世界に戻っていく。
「気合が足りない」「当事者意識がない」その言葉は、複雑さから目をそらすための、いちばん手軽な避難場所なのです。


※ログイン後、コメント入力が可能です。