だからこそ、寂聴先生は俊子の弱点も強みも鋭く見抜き、単なる伝記を超える作品を生み出すことができた。また、言い換えれば、自分と響き合う女性を題材に選ぶことで、彼女は自らの筆の力を極限までに引き出せたと言えるだろう。
その結果、『田村俊子』はページをめくる手が止まらないほどの出来栄えとなった。
伝記が小説になり、作者が主人公へと同化していく
伝記は、鎌倉の東慶寺における田村俊子の没後14回の法事から始まる。寂聴先生はそれに参加して、そこからはわずかな手がかりを頼りに、自分の好奇心の赴くままに田村俊子の人生をたどっていく。手紙、日記、作品からの引用も多い半面、先生の目線や解釈が何よりも目立ち、何よりも面白い。伝記として始まったものが、いつの間にか小説になり、作者である寂聴先生はその主人公・田村俊子へと同化していく。
興味深い箇所はたくさんあるが、そのなかで著者が俊子のかつての家を尋ねていくくだりは特に印象に残る。
俊子が住んでいた家は東京の下町、谷中にあったそうだ。寂聴先生がその場所を訪れたとき、建物はすでに白蟻に侵食されていたが、あたり一面にたゆたっている田村俊子の存在を感じたことが、行間から伝わってくる。私達も、俊子の厚化粧の顔が見えそうな気がしてくるのだ。
俊子が作家として活躍するようになってからは、創作の題材のほとんどが松魚との結婚生活に基づいており、2人の愛憎、とくに憎悪の凄まじい描写が多い。彼らの魂がかつての家に宿り、青く茂っている葉っぱや咲き乱れる花がその力強さを物語っている。
東慶寺、谷中の俊子のかつての家を訪ね、彼女の友人たちから話を聞き、悦の終焉の地だった豊橋へ。寂聴先生は俊子とゆかりのある場所を渡り歩いて、会ったことのない人たちの面影を追いかけている。その旅は真っ直ぐなルートに沿っているものではなく、手がかりを得ては曲がりくねった道をゆく。空間に加えて、時間軸も鮮やかに移り変わる。話は現在から俊子が生きた過去へと移り、いろいろなタイムラインが交差することによって、俊子の存在が少しずつ肉付けされていく。



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