当時の陸軍大臣を兼ねる東条首相のメンツもあり、これに対抗するために陸軍航空本部は窮余の策として朝日新聞社の元来は東京―ニューヨーク無着陸飛行目的で製作中のA-26を欧州までの無着陸連絡飛行に転用することにした。
そして、「三国提携強化の為に日独伊間における航空連絡の確立は戦争指導上の急務」として朝日新聞社の了解を得て、同年7月に軍用機としてキ77の試作名のもとで急遽突貫工事で年内に完成を急ぐことになった。
さらに、同時に2号機の製作も決定した。そして、10月に1号機は完成し11月18日に無事初飛行に成功した。
その後、長距離飛行、夜間離着陸、夜間航法、高高度飛行等様々な実用試験飛行を経て、航続距離などの総合試験飛行を福生〜昭南(シンガポール)間5330kmの長距離飛行を行った。結果は問題なく飛行時間往路18時間、復路17時間で翔破し、ドイツまでの無着陸飛行の自信を持った。
飛行実施に関する具体的な情報
その後、陸軍省軍務局(参謀本部、航空本部も含む)と現地(伯林〈ベルリン〉)駐在武官と150通に及ぶ極秘電報の連絡があり飛行実施に関する具体的な情報が交換された。


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