一般的な「匂わせ」が「私はあなたたちとは違う」と、ほのめかすものだとすれば、りくりゅうは「はい、違いますけど」と開き直れるほどの結果を、リンクの上で出した。
匂わせが嫌われる背景には、著名人に選ばれたことで得た、“まるで借り物のようなステータス”がある。しかし、りくりゅうの場合は、努力を重ねた末に、勝ち取ったものだ。その差は大きい。
勝った時も、思うような結果が出なかった時も、2人はリンクの上にいた。その歩みを見てきた人たちにとって、婚約はストーリーをぶった切るかのように突然始まった「急転直下」ではなく、長く続いてきたスケーターの物語に加わった「新しい章」だったのだろう。
だからファンは、交際の秘密を暴く「探偵」になる必要がなかった。2人の歩みを見届けてきた「証人」のまま、婚約を祝福できたのだ。
生きざまをさらけ出してきた7年間
りくりゅうが受け入れられた背景には、多くの人と共有されてきた「物語」がある。演技後のキス・アンド・クライも、記者会見の涙も、その都度さらけ出してきた。喜びも悔しさも、隠さずに見せる7年間だった。
そこまで見せていれば、あえて隠された私生活を探ろうという動機は生まれにくい。ファンはすでに、知りたいことの大半を知っている。
反対に、断片的な恋愛アピールだけが前に出れば、それを受け止める物語は薄く見える。「匂わせ」が嫌われるのは、投稿そのものより、背後にある物語の不在が透けるからだ。


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