どちらも「一般男性」「一般女性」ではなかった
仮に、アイドルの交際相手が「匂わせ」をしていたとしよう。まず問題視されるのは、アイドル側の姿勢だ。ファン心理とすれば、交際自体にショックを受けるのに、そこへ「隠していたこと」「交際相手に注意できないこと」が重なり、大きなダメージとなる。
続いて、疑いの目を向けられるのは、相手方だ。「私は、あなたたちが知らない相手の私生活を知っている」「あなたたちはファンとして外から眺めているが、私は内側にいる」。発信の端々から、そんな“別格感”がにじんでくるからだ。
そうなると、最終的にゴールインしたとしても、単なる幸せの報告には受け取られない。ファンによる“答え合わせ”は、パズルを解く遊びというより、その隠れたメッセージが本当に発せられているのかを確かめる行動なのかもしれない。
その点、りくりゅうの親密さには、“競技パートナー”としての明確な理由があった。2人が同じ目標へ向かい、喜びや悔しさを分かち合う姿は、「カップルとしての幸せアピール」ではなく、「アスリートとしての切磋琢磨」を印象づけた。
当然ながら、すべての男女ペアが、恋愛関係にあるわけではない。ただし、客観的に見たときに、「そうした関係性に発展してもおかしくない」と感じさせるような納得感があることは事実だろう。
もう一つ大きいのは、どちらか一方が相手の名前を借り、自分を特別に見せる“コバンザメ的な関係”ではなかったことだ。三浦さんにも木原さんにも、競技者としての実績がある。
どちらか一方だけが主役となり、相手が「一般男性」「一般女性」として匿名化される発表ではない。競技を通じて築かれた対等な関係が、そのまま婚約発表にも引き継がれたことが、祝福ムードを醸し出したのではないか。
こうした要素が重なった結果、りくりゅうの関係は、優越感を伴う「匂わせ」ではなく、自然な「信頼関係の証し」として受け取られたのではないだろうか。


※ログイン後、コメント入力が可能です。