「今まで当たり前にできていたことが、突然何一つできなくなってしまったことがとにかくショックで」
話したいのに声が出ない。食事も口から取れない。トイレにも行けない。それまで一人の大人として当たり前に送っていた生活は、病気によって一瞬で失われた。
「病院の皆さんは、本当に優しく接してくださるんです。でも、中には赤ちゃんに話しかけるようなトーンで私に声をかける方もいて。それが優しさなのもわかっています。でも、私は大人なのに、って悔しくて。それでも実際の自分は、赤ちゃんのようにオムツを履いている。ベッドの上にいるだけで、自分のアイデンティティがどんどん崩れていく感覚がありました」
広がっていく“ドス黒い感情”
周囲の友人・知人はみんな、仕事をして結婚をして子育てをして。少し前の自分が当然送れると思っていた人生を、着実に歩んでいる。
「自分もその人生を送るはずだったのに」「どうして私だけ病気になったんだろう」「自分は何のために生きているんだろう」「もう死んでしまったほうがいいのでは」
これまで経験したことのない、この世の言葉で表現するのが難しいほどのねっとりとしたドス黒い感情が、梅津さんの心を日に日に支配していく。
しかしそんな負の感情も、声が出せないため夫や家族にさえ思うように伝えられない。怒りも悲しみも文字盤と態度でしか表現できず、家族も理由がわからないまま戸惑う。そんな悪循環が続き、身体的な負担以上に、精神的な苦痛が梅津さんを苦しめた。
そんな入院生活の転機となったのは、リハビリ病院へ転院してから初めて乗った車椅子だった。それまでは、ベッドの上から眺める天井が、梅津さんが自力で見られる景色のすべてだった。しかし車椅子に乗った瞬間、その景色が一変したのだ。
「初めて車椅子に乗った時、自分の世界がぶわっと広がった気がして。今まではベッドで横になって生活し、どこに行くにもストレッチャーで誰かに運んでもらわなきゃいけなかった。でもこれからは、自分の力で、自分の行きたい場所に行ける。そう思うと、嬉しさと感動で涙が出ました」


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