梅津さんはこの日初めて「膠原病」という病名を耳にした。帰宅後、不安になってインターネットで調べると膠原病の一種である「全身性エリテマトーデス(SLE)」という病名にたどり着く。
「ネットでSLEの症状一覧表のようなものを発見したんですが、私の症状が全部当てはまっていました。顔の赤みも、SLEの代表的な症状として知られる『蝶形紅斑(ちょうけいこうはん)』と呼ばれる発疹だったみたいで。『自分はきっとSLEなんだろうな』と覚悟しました」
その後大学病院で精密検査を行ったところ、診断は梅津さんの予想通り。ただし、梅津さんの場合は症状が深刻だった。腎臓に炎症が起こる「ループス腎炎」、さらに「シェーグレン症候群」も併発していたのだ。
「診断された時はもちろんショックでした。でも、それ以上に『原因がわかったなら、きっと治療法があるはず!』と、小さな希望も持てていたんです」
しかしそのささやかな希望は、間もなく打ち砕かれることとなる。
「病気は見えないところで進んでいた」寝たきり生活に
診断後、梅津さんは約1カ月間の入院生活を送るが、ステロイド治療などによって症状は徐々に落ち着いていった。退院後は、半年ほど自宅療養を続けることになる。
「既に仕事も辞めて専業主婦のような生活を送っていたんですが、ちょっとしたら家にいる生活に飽きてしまって。体調も落ち着いていたし、再就職を目指してハローワークの職業訓練校に通い始めたんです」
医師から「絶対安静」と言われていたわけではないこともあり、体調のいい日には時折サーフィンも楽しんでいたという。
「少しずつ外に出ることで、心はすごく満たされていました。でも今振り返ると、知らないうちに体に大きな負担をかけていたんだと思います」
そしてある日突然、梅津さんは動けなくなるほどの高熱に襲われる。発熱後は再入院を余儀なくされたが、この時既に梅津さんの意識はなかった。28歳になったばかりの梅津さんの、長く薄暗い闘病生活が唐突に幕を開けた。
「目が覚めた時には、ICUのベッドの上で。見たことがない程たくさんの管が全身につながれていて、とても驚きました」
約2週間意識を失っていた梅津さんが発症していたのは、SLEの経過中に合併することがある「中枢神経ループス」だった。脳や脊髄に炎症が及び、運動障害や感覚障害、嚥下障害など、さまざまな後遺症が残った。
間もなくして気管切開と胃ろうの手術を受けたが、意識があっても自分の意思で体を動かすことができない。発症から約1年間は意識もはっきりせず、起きては眠るを繰り返す毎日だったという。


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