さらに、歌われる曲には、彼自身の歩みが重なる。銀行員時代に書いた「Mountain View」が観客の光に包まれ、酒と借金に沈んでいた頃に生まれた「超 Super Star」を、何千人もの前で歌う。音源だけでは伝わりきらない物語が、ステージの上で立ち上がる。
「SKRYUの一番見てほしいところはライブだと思っているので、ライブでのパフォーマンスこそ、ここまで来られた一番の理由なんじゃないかなと思います」
一方で、観客が増えるほど、ステージに立つ責任も大きくなった。
「お客さんの数がどんどん増えていく中で、『俺がここでとちったら、1万人分のお給料や時間を削って来てくれた憩いの時間が、面白くなくなってしまう』と思うようになりました」
インディーズ時代は、自分がサボれば、自分が苦しむだけだった。だが、チームが大きくなり、会場へ足を運ぶ観客が増えれば、もはや自分一人の問題ではない。
「チームが大きくなるにつれて、いい意味でどんどん背水の陣になっていきました。やるしかない状況が続いていった。それは、めちゃくちゃ大きかったですね」
アーティストになってわかった、働くことの重み
銀行員からラッパーへ。働く場所を変えたSKRYUは、意外なことに気づいたという。
「アーティストと会社員って、実は全然一緒だと思ったんです」
自由で、才能だけで成り立つようにも見えるアーティストという仕事。しかし実際には、自分で時間を管理し、結果を出し続けなければならない。
「会社員が1日8時間働くとして、自分は今、曲に何時間向き合っているのか。1日8時間以上取り組むこともざらにあります」


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