「この大会に行って、自分も人生を変える。ここから先は就職せずに、ラップを生業にしてやる」
そう決めていた。卒業旅行のために貯めていたお金も、CD制作に回した。全国大会の会場へは、自作のデモCDを詰めた重たいキャリーケースを持って向かった。
しかし、結果は一回戦敗退。持っていったデモCDも、物販ではほとんど売れなかった。
「パンパンに詰めて持っていったデモCDも、物販で全然売れませんでした。重たいキャリーケースを持って、そのまま帰る。あれはむちゃくちゃ屈辱でした」
その屈辱が、就職という選択につながっていく。
親元を離れて好きなことをさせてもらっていた時間。金銭的な現実。地元に戻り、実家を支えなければならないという思い。そうしたものが、一気に迫ってきた。
「さすがにこれはわがままかもしれない。ここが潮時だろうと思ったんです」
銀行員になっても、言葉だけは残った
SKRYUは地元・島根に戻り、銀行員として働き始めた。
だが、その毎日は簡単なものではなかった。
「新入社員の頃は、毎日のように怒られていました。ほぼ泣いているような状態でしたね」
それでも、歌詞を書くことだけはやめられなかった。
「銀行で働いている時も、歌詞を書くことはやめられませんでした。それが、自分の根本なんだと思います。今思うとすごくありがたいですね」


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