ーー作中では、権力に刃を向けないマスメディアと、SNSの影響力は認めながらも個々の匿名の発信者を蔑む海斗のスタンスが描かれます。そこには、メディアへのメッセージがあるのでしょうか。
自分の主義主張を発信するために本を書いているのではありません。小説は、純文学とエンターテインメントで書き方が異なります。本書はエンターテインメントなので、読者を物語に引き込んでいくための技術をたくさん導入しており、そのうえで物語を楽しんでもらえればいい。純文学でもエンターテインメントでも、自ずと共通する精神性みたいなものは表れると思いますが、それを感じ取っていただけるのは嬉しいことです。
月村氏が「作家の傲慢」と語ることは?
ーー本書には、社会的弱者の声をすくい上げようとする視点を感じます。
他の作品でもそうですが、心無い仕打ちや差別を受けたこれまでの怒りや屈辱といった経験をアレンジして盛り込んだりしています。社会的弱者と呼ばれる人の気持ちを理解できると言えば傲慢ですけど、作品は自然に弱者に寄り添うものになっているかもしれません。
ーー半グレや反社、大手広告代理店の闇を白日のもとにさらす本書は、社会にどのような影響を与えると考えますか。
作品が社会に影響を与えると思って書いていたとしたら、作家の傲慢です。そこから何かを感じたり、考えたりして、行動するかしないかを決めるのは、作家ではなく読者です。それが結果であり、歴史です。
幸いなことに本書は多くの方に読んでいただき、好意的に受け止めていただきましたが、それで日本が良くなったかというと残念ながらそんなことはない。
ドストエフスキーの『罪と罰』は、普遍的なテーマを内在しているが故に現代の日本でも読まれています。本書がそうなれば嬉しいですが、私がそれをいま望むのは傲慢です。執筆時に社会や読者のためを考えてはいません。ただ自分が書きたい作品を書くだけです。もちろん、商品として成立させなければ表現の場を失うことになるので、そこも勘案しつつ、自らの衝動に従って取り組んでいます。
ーー衝動の原動力になっているものは何ですか。
ふたつあります。ひとつは社会や事件への怒りや危機感。もうひとつは、エンターテインメント作品の基本ですが、これはおもしろい物語になるという直感です。どちらが勝っても作品のバランスは崩れてしまうので、両方をうまく融合させながら、モチベーションにしていく。そんな意識です。


