彼女が高校時代に打てた手は、ほぼ「もっと時間をかける」しか残されていなかったという。国語の同じ問題集を何周も解き直す、英単語帳を1日500語ずつ覚える、など。しかしそれではやはり周りと差をつけることは難しかった。
「中学受験のときは、"努力できること自体が私の武器"だと思ってたんです。でも、東大を目指してる子たちって、みんな努力できる。武器じゃなかったことに気づきました」
大学受験で思うような結果にならなかった彼女だが、大学に入ってからはどうか。
「今の大学生活は普通に楽しいので、そんなに後悔してるわけじゃないんですけど。……ただ、あの中学受験の勝ち方がたぶんよくなかったんだと思います。もっと早く、勉強のやり方そのものを考える癖をつけておけばよかった」
もちろん、Yさん個人の問題ではない。時間をかける以外の手札を持たせないまま、受験を終わらせる設計のほうに問題があるのだ。
考えてみれば当然の話でもある。大学受験で抜きん出ようとしたとき、要求される学習量も膨れ上がっていく中で、「時間をかける」という手札はもう相対的なアドバンテージにならない。同じ環境の中で全員が使えるカードだからだ。これが「勉強量で頑張れる子ほど大学受験で詰む」現象の正体である。
「試験3週間前スタート」で公立中高一貫校に合格した男
ここで、対照的な事例を紹介したい。取材に応じてくれたのは、東京都多摩市の公立小学校出身、現在は東京大学に在学するMさん(仮名)である。
彼が本格的な中学受験勉強を始めたのは、入試の3週間前だという。にわかには信じがたい数字だが、本人はいたって淡々と語った。
「母が『塾に小学校低学年から入って大金を払うのは違う』っていう人だったんですよ。夕食を家族で食べられない生活はおかしいのでは、と考えていて。だから、受験は公立中高一貫のみの記念受験と位置づけていました。土日も習い事のサッカー漬けでした」
3週間前から何をしたのか。過去問集をひたすら解き、“受験のコツ”だけをつかんだ。持っている知識を増やそうとするのではなく、頭の使い方をとにかく工夫し続けたのだ。落ちたと思っていたが、結果は合格。
この話で重要なのは、彼が効率よく合格したことではない。中学受験に使う労力を絞ったことで、ほかの活動——サッカー、ロボコン、プログラミング——にアクセスする余白を持てていたことだ。彼はこう振り返る。

