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ライフ #百貨店消滅タウン

「全国初の再開発だ」→「40年で松坂屋も西武もセルビも消える」…"愛知屈指の商都"から百貨店が全滅した切ない顛末

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1976年に開業した岡崎シビコ。開業時は158店の専門店があった(写真:筆者撮影)
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西三河最大級の商業都市だった岡崎に、なぜ百貨店は残らなかったのか。本稿では、その歴史をたどりながら理由を探っていく。

(なお、本稿でいう「百貨店」には、地元商店が共同で出店した寄合百貨店や、百貨店に近い業態の大型店も含む。以降は、これらを大型商業施設として扱う)

百貨店と大型店がひしめく激戦地

岡崎市は城下町であると同時に、東海道の宿場町でもある。岡崎市史は「明治・大正・昭和を通じて西三河の商業中心地だった」と記している。その中心が、東岡崎駅から歩いて20分ほどの康生地区である。

最盛期、この一帯には大型商業施設が集中していた。松坂屋を核テナントとする「レオ」、名鉄系の「サンリバー」(のちの岡崎メルサ)、駐車場を備えた「セルビ」、4棟からなる「シビコ」。さらに東岡崎駅前には岡ビル百貨店やユニーもあった。

この街並みは、一朝一夕にできたものではない。その始まりは終戦直後の闇市まで遡る。

1946年、八幡町の疎開道路には約200戸のバラック商店が並び、「中央マーケット」と呼ばれる集団商店街が誕生した。市史によると、東海一をうたい、演芸場まで備えていたという。焼け跡に生まれた闇市が、25年後には全国初の再開発へとつながっていく。

松坂屋跡地はマンションと商業施設に(写真:筆者撮影)
松坂屋跡地のマンション下層階はスーパーになっている(写真:筆者撮影)
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