前出の橋本氏も、「かぐやが子どものように無邪気なため、子どもにとっては一緒に遊んでくれる友達のような感覚なのかもしれない」と語っている。明るく高いテンションのキャラクターは、子どもに愛されやすい。そこへ、平成のボカロ世代に響く楽曲と最新の映像表現が重なる。懐かしさと新しさが同居し、世代の違う観客がそれぞれの入り口から物語に乗り込める。
一人で抱え込もうとする彩葉
一方で、彩葉がかぐやと出会って徐々に変化していったことに、強く惹かれた。
彩葉は、電柱から現れた赤ん坊を思わず連れて帰るものの、誰にどう相談すればいいのか、「ゲーミング電柱から出てきて……」なんて信じてもらえるわけがないと、抱え込んでしまう。バイトも勉強もあるのに、おむつやミルクを買い込むシーンは、コミカルに描かれているものの、彩葉は助けを求めることが苦手なのだと感じた。
彩葉は、母との確執を抱えながら一人で暮らし、学費も自分で稼いでいる。亡き父と弾いていたピアノの記憶だけが、かすかな自分自身の「好き」とつながる糸だった。大人に頼ることをせずに、「自分でなんとかする」ことが初期設定となって生きている。忙しい日々のささやかな癒やしは、仮想空間ツクヨミの人気ライバー・月見ヤチヨの配信を見ることだった。
この姿に、既視感を覚える大人も多いだろう。限界まで頑張り続けていた彩葉のもとに現れたのは、地球の枠から大きく外れたかぐやだった。やりたいことをやり、「好き!」「嫌い!」をはっきり言葉にする。やってほしいことを人におねだりするのも上手。
実際、彩葉がピアノをできることを知ると、配信活動に必要なジングル(オープニングミュージックなどに使われる)を作ってほしいとかぐやはおねだり。さらりと曲を作ると、かぐやは目を輝かせ拍手をしながら「天才! すごすぎる!」と全身で感謝を伝える。彩葉は「いろいろ、中途半端にはできるんだけどね」と、自分の力を過小評価している様子を見せる。
最初は、自身の生活リズムを崩さないよう頑なだった彩葉だが、断れず少しずつ巻き込まれていくうちに、ふたをしていた「好き」な気持ちを思い出し、誰かに頼ることを覚えていく。

