現場社員が「あの人には問題がある」と気づいているにもかかわらず、なぜブリリアント・ジャークは組織に居座り続けることができるのだろうか。多くの企業が、彼らを排除できないどころか、昇進させ、より大きな権限を与えてしまうのだろうか。
1つの理由は、最終的に「成果」というモノサシが評価を左右してしまうことにある。決してプロセスや協調性を無視しているわけではないが、結果を出さなければ会社は立ち行かないため、結局のところ「稼いでいるか」で評価せざるを得ない。このジレンマを抱える組織において、ブリリアント・ジャークの振る舞いはお墨付きを与えられてしまうのだ。
経営者や上司の立場になって考えてみてほしい。目の前には、毎期の予算を必達し、莫大な利益をもたらしてくれる部下がいる。多少、言葉遣いが荒かったり、協調性に欠けたりするかもしれない。
しかし、彼を処罰したり異動させたりして、売上が落ちたら? 株主にどう説明するのか? 自分の評価はどうなるのか?
甘美な果実を手放したくない
目の前の“甘美な果実”(短期的な成果)を手放すことは、恐怖である。多少性格に難があっても、背に腹は代えられない。そんな経営判断が、彼らの問題行動を黙認することにつながってしまう。
リスクがあるとわかっていても目先の成果を手放せず、特定の個人に過度に依存している状態といえる。
現場レベルでも彼らを排除できない事情がある。それは「業務の属人化」だ。特定の業務知識、特殊なスキル、重要な顧客とのパイプ。これらを1人が独占している場合、その1人がいなくなると、現場の業務がストップしてしまう。
あの人がいないと回らない。悔しいけれど、彼に頭を下げるしかない──このような事情が、ブリリアント・ジャークの支配をより強固なものにしていく。これが、彼らを生み出し、許容し、時には依存してしまう、組織の構造的な病理である。
なぜ私たちは、彼らの有害な振る舞いを「仕方がない」と受け入れてしまうのか。そこには、人が集団生活を営むうえで避けられない、いくつかの心理的なメカニズムが働いている──。


