第1子が3歳になった年に全中出場を果たし、第2子の出産を控えた夏の終わり頃、妻の両親に呼び出された。
「『君はいつまで部活をやるつもりなのか』と問い詰められました。『2人目も生まれるのにこれでは困る。娘は寂しい思いをしているし、子どもも寂しがっている』と。3時間ぐらい話をされました」
そこから小坂家の「働き方改革」が始まった。土日のどちらかは家族と過ごし、平日は部活後すぐ帰れるよう、仕事を先回りして終わらせるようになった。それでも当時は、部活の練習を休むことに罪悪感があった。
「練習を1日休んだら、他校に抜かれてしまう。生徒たちに申し訳ない。そういう感覚がありました。今思えば、部活中毒のような状態だったのかもしれません」
その状態を脱するため、3校目に異動した際には「教科指導を極めていきたい」と挨拶し、部活動からはやや距離を取った。「全中に行ったことが、自分の中では1つの到達点になりました」と語る小坂さんは、現在は教科指導に重きを置いている。
地域移行には賛成、でも担い手がいない
部活動で得てきたやりがいは、家族の犠牲の上に成り立つもの。その自覚があるからこそ、小坂さんは部活動の地域移行(地域展開)に賛成の立場だ。
「中学校教員の本来の業務は、やはり授業だと思います。教員はあまりに忙しすぎる。部活を地域人材が担えるなら、それに越したことはありません」

