那須さんとは初対面で「3Dプリンターで家を建てたい」という思いが一致し、その場で意気投合。まずは設計における協力関係を築き、2024年には設計が始まると、前例のない2階建ての確認申請は、わずか3カ月という異例のスピードで許可された。
「那須さんには私から『一緒にやりたいです』とオファーして快諾していただき、設計から入ってもらいました。ところが確認申請が下りて2カ月後に、当初依頼していた施工業者に『できない』と断られてしまって。基礎の鉄筋を含めて全体の監理までできる建設会社は少なく、急きょオノコムに『施工もお願いします』と泣きついたんです」
そんなピンチを救ったのが、もう一人の恩人だ。大場さんにプロジェクトについて話すと「栗原市で建てるなら応援するよ」と言って、土地と建築費の支援を即決。地域に人を呼び、地域の未来につながるプロジェクトになると信じての決断だった。五十嵐さんは「お二人にたまたま出会わなかったら、実現できなかったと思います」と振り返る。
しかし、体制が整った後も、初めての試みゆえに現場は想定外の困難の連続だった。
・猛暑の夏はホース内で固まってしまった
・進行するうえで図面の修正も何度か必要だった
・想定外のことで予算がオーバーした
「着工してからは毎日ドキドキして、トラブルが起きないようにと祈っていました」と五十嵐さん。これほどの試練に見舞われながらも、現場の奮闘によってスケジュールに大幅な遅れはなく、印刷が予定どおり終わった瞬間は、胸のつかえがとれるような安堵感に包まれたという。
五十嵐さんは、同事業で2025年3月11日の起業家万博で東北代表として最優秀賞の総務大臣賞を受賞。東北代表は2017年以来8年ぶりで、女性の受賞も珍しく、当時の総務大臣との記念撮影も実現した。
「今回は特殊なモデルですが、自治体などと連携して複数棟建設で量産化を進め、コスト削減と効率化を目指します。また、技術者を育成するアカデミー事業の計画などを準備中です。『1棟目を建てる』という志を共有して、何ができるかを探し、カタチにしてくれた協力会社のみなさんには、これからビジネスとしてしっかり還元していきたい」
五十嵐さんの挑戦はまだ始まったばかりだ。
「やれることは全部やってみよう」技術の挑戦を束ねた指揮者
五十嵐さんに伴走し、日本初の2階建て3Dプリンター住宅の完成まで走り抜いたのが、オノコムの那須貴寛さんだ。オノコムは、愛知県豊橋市で創業し、現在は東京に本社を置く、約90年の歴史を持つ実力派ゼネコン。そのスローガンは「なければつくる」だ。

