ミドル・エイジの孤独な物語
ミドル・エイジとは深い森のようなものです。中年とは、ひどく見通しが悪くて、一度彷徨いこむと自分がどこにいて、どこに向かっているのかわからなくなる時期だということです。中年期の心理学の代表的研究者であるレビンソンは、その理由を次のように書いています。
ミドル・エイジの物語は聞いてもらえない。孤独なことです。しかし、それは中年の人生がそれだけ個人的なものになっているということでもあります。
同窓会にいくと、同じ教室で同じ制服を着て、同じように居眠りをしていたはずのかつてのクラスメートたちが、どうしてこんなに違った生き方になってしまったのだろうと驚きます。無数の偶然が集積されることで到達する中年期には、それぞれがあまりに個性的な存在になっていて、お互いにわかりあえないし、関心すら抱きにくくなってしまう。だから、同窓会では現在の話をするよりも、昔話をする方が楽しいわけです。
話を戻します。中年期が深い森のようであるのは、それがきわめて個人的な危機の時期であるからという話でした。ここには2つの含みがあります。
①ミドル・エイジ・クライシスは個人的な危機であるがゆえに、その入り口も出口も歩き方も一律なものではなく、それぞれの答えに辿り着くためにグネグネと森の中を彷徨わざるを得なくなる。
②ミドル・エイジ・クライシスは個人的な危機であるがゆえに、周囲のミドル・エイジたちとその経験や知恵を共有することができず、誰もが未知の森で迷子にならざるを得ない。
このとき、①については避けようのない中年期の本質であるので、深い森性を受け入れないとしょうがないにしても、②については改善の余地があります。ミドル・エイジ・クライシスの経験談を聞いて回ることができたなら、深い森のおおよその地図を事前に準備できるのではないか。
