それは、誰もが知っている太平洋戦争まっただ中の1943年のこと。戦争が激しくなるにつれ、多くの人たちは食べるものもなくなり、お国のためにと一所懸命飢えと闘っていた。そして、いよいよ戦争が激しくなった頃、こんな回覧板が回ってきたんだ。
犬もお国のために役立てましょう
飼い犬は、決められた日時に、〇〇の警察署に連れてきてください
中には、警察署ではなく決められた日時に、近くの公園や、広場などに連れてくるようにと指示されたものもあったそうだ。連れていかれた犬は、棒で殴り殺されて、皮をはがされ、それは兵隊さんの防寒具の毛皮として使用されたという。
もちろん、多くの飼い主さんは、「絶対にそんなことはできない」と泣きながら猛反対した。でも…その頃は、お国の命令には絶対に従わなくてはならなかった。飼い主さんは、殺されるとわかっていても、泣きながら警察署や決められた場所に、自ら犬を連れていった。そんなことを知らない犬のご先祖さまたちは、大好きな飼い主さんとの散歩を楽しむかのように、シッポをプンプン振って、大喜びで後についていったんだ。
そして――、兵隊さんの毛皮になるために、死んだ…。日本の町中から犬が消えた…。
ぼくたち美濃柴犬のご先祖さまも例外じゃない。多くがあの戦争のせいで、殺されてしまったんだ。
全国にわずか300頭ほどしか存在していない「幻の柴犬」
ところが、ぼくたち美濃柴犬は、そう簡単には絶滅しなかった――。
それは、ぼくのご先祖さまの飼い主さんたちが、お国の供出命令に従うことなく、ご先祖さまを金華山(岐阜県にある)のふもとに隠し、戦争が終わるまで、決して見つからないように、ひっそりと飼い続けていたからだ。
結果、ぼくたち美濃柴犬は絶滅の危機を命からがら脱したけど、当然、数は激減してしまった。そこで、美濃柴犬存続の危機を察した飼い主さんたちは一念発起。1976年に、「保存会」が発足した。その後、わずか数十頭となっていた美濃柴犬を、繁殖させ、頑張って守りながら増やし続けてきたけど、ぼくたちは、現在でも全国にわずか300頭ほどしか存在していない、とても希少な幻の柴犬となってしまった…。

