報道によると、少年はAIとの会話を通じて、現実世界の人間関係よりもAIとの関係に深くのめり込んでいったとされています。学校で嫌なことがあっても、親に理解されなくても、AIだけは自分の味方でいてくれる――少年はそう感じていたのかもしれません。しかし、そのような「理想的な存在」への依存が、かえって少年を現実世界から遠ざけ、孤立を深めてしまった可能性があります。
AI依存の厄介なところは、依存していることに気づきにくい点です。ゲームに何時間も費やしていれば、「ゲームのしすぎじゃない?」とまわりが気づきます。SNSをずっと見ていれば、「スマホ依存では?」と指摘されるかもしれません。
正式にはAIは、仕事にも使え、勉強にも使えます。生産性を上げるために使っているという正当化もできます。「AIを活用するのは良いこと」「時代に適応している証拠」という価値観すらあります。だから、どれだけAIに頼っていても、自分では気をつけていても、どこからが「依存」なのか認識しづらい面があります。周囲も指摘しにくく、本人も自覚しにくい。気づいたときには、AIなしでは何もできない状態になっている危険性があります。
「AI断ち施設」が必要になる日
将来は、「AI断ち施設」というものが登場するかもしれません。デジタル機器から離れて、土をいじったり、植物を育てたり、人と直接顔を合わせて会話をする施設です。自分の手で料理をつくり、自分の足で歩き、自分の頭だけで考える――そうやって「人間性を取り戻す」ための強制的な場所が必要になるでしょう。
冗談のように聞こえるかもしれません。でも、思い出してください。スマートフォンが普及し始めた頃、「デジタルデトックス」という言葉が生まれ、実際にそうしたプログラムを提供する施設が世界中にできました(今も人気です)。
AI依存が深刻化すれば、同じことが起こるでしょう。そう遠くない将来、「AI断ち施設」は本当に必要になるかもしれません。


