旧作にあっては、「壁」であったり「穴」であったりと、村上春樹的世界の必須アイテムとも言うべきその危機的な場所に、またしても読者は引き寄せられてゆくだろう。
ヒロイン夏帆が図らずも踏み入れてしまった「世界」は、人間的、余りに人間的な「アイデンティティ・ポリティクス」を突き崩す、「裂け目」として不吉に口を開けている。
それを、紛れもない「私自身の世界」として再認すること。村上春樹的世界に特有の「暴力」は、本作では改変を受けた「世界」から、それ以前の「世界」への帰還のために行使される。
「シロアリ」に憑依された「母」の奪還は、だから母子の家族物語の「裂け目」への周到にして、果敢なアタックでなければならなかった。
夏帆は境界を越えて、不意撃ちのようにやって来る善玉の「不法侵入者」(「ありくい」)と結託し、悪玉の「不法侵入者」(「ジャガー」や「シロアリ」)を、「暴力」によってシャットアウトする。
次回作は『1Q84』の続編以外にない?
さて、本作を堪能した読者が、当然の権利として期待し得る村上春樹の次回作が、「あの後にも物語はある」という作者自身の言葉によって、オープン・エンド状態にある『1Q84』の続編以外にないことは、もはや厳然たる事実であろう。
そこで、2つの世界に跨がる「境界線」の物語的な仕掛けが、最終的に明らかになるはずなのだ。


