芸人の仕事は依頼がなければ動けない不規則なスタイル。営業、講演会、執筆などの仕事をこなします。
21年には、受験勉強をしながら、『お金持ち 貧困芸人 両方見たから正解がわかる! 元国税職員のお笑い芸人がこっそり教える 世界一やさしいお金の貯め方 増やし方 たった22の黄金ルール』を執筆。
仕事をこなしながら、それ以外の時間は自宅で1日10時間勉強しました。
「予備校はオンラインで、通学しなくてもよかったので、ずっと家で勉強していました。移動の時間がもったいないし、その時間があったら勉強したほうがいいと考えていました」
こうして初めて受けた共通テストは6割超え。東京大学の2次試験は2段階選抜の足切りがなかったために受けられたものの、合格最低点から120点足りずに不合格になってしまいました。
2年目の挑戦は共通テストは7割程度になり、合格最低点から足りない点数は50点差まで詰めたものの、またしても不合格になってしまいます。
3年間、1日10時間の勉強を続けて“体は限界”
こうして倉田さんの受験は、3年目に突入しました。彼の中ではこの1年を最後にしようと決めていたそうです。
「最初、敬天塾の先生と東大を目指すにあたって相談をしたのですが、『1年ですか?』と聞かれたのです。何年で受かるかはわかりませんでしたが、さすがに1年は(東大受験を)なめていると思ったし、無理だと言われると思ったので、『3年です』と答えました。それから3年という区切りをつけて勉強はしていたので、もしこの年に落ちたらどうするかはあまり考えていませんでした」
3年間、1日10時間にも及ぶ過酷な勉強は、倉田さんの肉体にも影響を及ぼします。
「精神的にはあまり疲れはありませんでしたが、おそらく勉強のやりすぎで、ずっと頭痛がしている状態でした。ずっと頭痛をごまかしながら受験勉強をしていました」
満身創痍の中、ラストイヤーと決めて臨んだ共通テストは79.9%。他の受験生と比べても高くはないパーセンテージでしたが、最後と決めていたので挑戦しました。
その結果、見事に3回目の挑戦で、東京大学の文科2類への合格を成し遂げました。
最低合格点をわずか0.9889点上回っての合格。漢字を1字間違えていたら落ちていたかもしれない、紙一重の結果でした。

