さんきゅう倉田さんは神奈川県横浜市・戸塚区で生まれ育ちました。26歳まで実家に住み続けた生粋の地元育ちで、父親は都内で建設関係の仕事をしていました。
公立小学校時代は週3回サッカーをする程度で、「快活ではあるが、勉強をするタイプではなかった」といいます。成績はABCの3段階でオールB。進学した公立中学校でも似たような成績だったそうです。
「中学校では、順位は出ませんでしたが、成績は良いほうではありませんでした。勉強をしていなかったからそんなものだと思います。高校受験も、自分の成績で推薦で行けるところを教えてもらい、試験なしで入れるからいいなと思って日大藤沢高等学校を選びました」
将来の夢も、志もなかった高校時代
生徒の多くが日本大学へ進学する日大藤沢高等学校へ、推薦受験を使い進学した倉田さん。当時は「将来の夢は何もなく、志もない状態だった」と振り返ります。
1学年に300人いるかいないかくらいのなか、クラスに1〜2人程度いる外部受験生を除いて、理系のクラスで4番に入ったことがありましたが、そのまま受験をするという選択をせずに日本大学理工学部建築学科へ進みました。
こうして日本大学での大学生活を開始した倉田さん。3年生になってからは公務員試験の勉強を頑張るようになります。
「サークルのない学部だったので、基本的に授業を2〜3コマ受けてバイトして終わりでした。そのため、ファミレスや中華料理屋でアルバイトばかりしていましたね。2年生で単位を取り切り、本当にやることがなくなったのですが、TACで公務員試験の授業が開講されていると知ったので、暇だしやってみようと思って勉強を始めました」
公務員試験の勉強をコツコツ続けた倉田さん。その甲斐もあって、4年生になった06年には国税専門官試験に合格し、07年に大学卒業のタイミングで東京国税局へ入局します。

