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「最果ての鉄道」宗谷本線、蒸気機関車時代の記憶 旭川から稚内を目指す「鈍行列車」が走った最北端

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宗谷本線 利尻富士 C55
「利尻富士」をバックに走るC55形蒸気機関車の引く宗谷本線の列車(撮影:南正時)
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筆者は原野の真ん中にあった抜海(ばっかい)駅に蒸気機関車や気動車の撮影に数度訪れたことがある。真冬の撮影では吹きさらしの強風が体温を奪い、9600形の煙も大きくなびいた。

冬の抜海駅。ホームに立つ駅員とキハ22形の列車=1972年(撮影:南正時)
冬の抜海駅付近での撮影は寒さとの闘いだった。9600形の煙も強い横風を受けてなびく(撮影:南正時)

抜海は筆者にとっては宗谷本線で最も思い出深い駅で、近年は「最北の秘境駅」「最北の木造駅舎」といわれたが、この駅も2025年3月に惜しくも廃止された。この駅から南稚内までの間の車窓には、利尻水道の水平線上に利尻富士が見えた。筆者は利尻富士とC55形を撮影するため3日間待ったが、4日目にしてその目的を達成した。海上の利尻富士は容易には姿を見せてくれない。ここを通過中に車窓から見えれば幸運といえる。

「利尻富士」をバックに走るC55形牽引の列車。美しい利尻富士が見える日を待って捉えた1枚だ(撮影:南正時)

最北端の駅、稚内へ

旭川を出発して約8時間走り抜いた321列車は南稚内に到着する時は日が暮れるころで、終着の日本最北の駅、稚内には18時57分に到着した。冬であればすっかり夜の風景だった。

雪の南稚内駅に到着した321列車。終着の稚内はもうすぐだ(撮影:南正時)
【写真をもっと見る】旭川から最北端の駅、稚内まで、蒸気機関車が引く鈍行列車の旅を写真で追体験。「最果て」の旅情あふれる風景を走るC55形や9600形、ディーゼル機関車のDD53形からJR化後の急行「礼文」や「宗谷」「利尻」まで、今では見られない列車の数々

筆者の長年の取材旅行において、宗谷本線は北紀行の魅力たっぷりの印象深い路線だった。80歳の筆者には再び全線を訪れる機会はおそらくないと思うが、後進の鉄道の旅愛好者のためにもなんとか「廃線」だけは避けてほしいと切望する。

【写真を見る】「最果ての鉄道」宗谷本線、蒸気機関車時代の記憶 旭川から稚内を目指す「鈍行列車」が走った最北端(55枚)
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