「オーディションも芸能のお仕事も、アルバイトもなくなりました。その期間の中で、何かを目指したり、一生懸命になっている人がたくさんいる東京にいることがしんどくなってきたのです。何もしていなくても、常に何かに追われている感覚がある東京の空気が重たくなって、芸能の仕事は続けたいけど、一度深呼吸をしたいと感じて大阪に帰ろうと決断しました」
24歳で「今なんじゃないか」と受験を決意


コロナ禍で一度大阪に戻った香椎さんは刺激のない環境により、より一層表現力や人間力を育てたいと思うようになりました。
セレッソ大阪のセレッソガールとして初めてサッカーに関するお仕事をしたり、大阪美少女図鑑で誌面モデルとして活動したり、芸能のお仕事においても新しいことに挑戦している中で、ふと、高校時代になかった「大学に行く」という選択肢が頭に浮かびました。
「18歳の時も大学に一生行かないとは思っていなかったんです。どこかでは行くんだろうなと思いながら、今はその時じゃないと思っていました。でも、24歳になってコロナで立ち止まった時に、今なんじゃないかと感じました」
結局、彼女は24歳の夏に人生で初めての大学受験を決意します。理由を聞くと「今まで会った面白い大人たちの共通点が大学を出ていることだったから」でした。
「幸運にも、10代の頃から芸能のお仕事やアルバイトで『こんな大人になりたい』と思える人に何人か出会うことができました。その人たちはみな話が面白く、どのような環境でも自分が打ち込めることに一生懸命でした。そしてほぼ全員が大学を卒業していたので、『大学』に何かヒントが隠されているんじゃないかと思って、自分も行ってみてその答えを見つけたら、ずっと気になっていたことがスッキリするんじゃないかと思いました」
こうして彼女は7月から大学について調べ始めます。一般受験で全科目を勉強することも考えましたが、当時は東京と大阪のどちらに住むかも決めていなかったため、どこにいても受けられる環境として通信制大学に目を向けます。
