フェイスブックのような比較的閉鎖的なネットワークであれ、ツイッターのような比較的開放的なネットワークであれ、SNSでは、自分とはまるで意見の合わない人々が実に容易に見つかる。怒りの応酬はアルゴリズムによって増幅されるが、同時にそれは、正義を求める根源的な人間の願望とも響き合う。
こうした感情の構造の中にあっては、メディアがIT系のプラットフォームと共犯関係になり、人々に互いへの疑念や自己憐憫を強めさせる。それは本質的に疎外をもたらすものであり、他人同士が連帯しようというプロジェクトをむしばむものである。
まんまと逃げおおせる真のエリートたち
私たちは激情に駆られた状態に追いやられ、批判的な精神を鈍らされる。世界中の悪徳資本家たちが人々から金を巻き上げている間に、私たちがつまらない怒りのサイクルに閉じ込められている間に、賃金と生活水準は低下する。
私たちがマイノリティ支配についての偏執的な妄想を抱いている限り、真のエリートはまんまと逃げおおせてしまうのだ。

