自主的に定期的に行っていた〈一人芝居〉は、自分で台本を書き、出演、演出、チケットやチラシ作りの制作から、営業も行います。また、劇場を借りる費用から、照明・音響さんへの日当もすべて自分で工面して支払わなければなりません。
配膳で十時間以上働いていた時には、休憩時間のわずかな間に一瞬で泥のように眠り、起きてまた働くという生活でした。生活はいつもカツカツで余裕など一切ありません。が、それでも「女優になる」という夢だけがひとえに私を支えていたので、それを苦に思ったことは一度もありませんでした。
けれど、この吉本の養成所に入るという最後の挑戦を境に、私の人生は大きく変わっていきます。
四十歳で養成所に入学すると決まった時、もしもこれで世の中に出られなければ、本当にすべてを諦めよう。これまでの「なりたかった自分」を捨て、当たり前の四十代の女性として生きて行こうと思いました。
それほどの覚悟を持っての最後の挑戦でしたので、これからのすべての時間とエネルギーをこの養成所一本に充てることにしました。そのため、これまでのコンピューターやマナーの講師としての高時給の仕事はすべて辞め、お付き合いしていた彼氏とも別れました。役者としての二十年というキャリアも忘れ、「すべてゼロからの気持ち」で、吉本興業の養成所に入学したのです。
人は誰でも、新しい扉を開ける時には、不安でいっぱいです。しかし少しの勇気と思い切りでいざその扉を開けてみると、新しい世界が開け、それまでの不安は一気に吹き飛んでいきました。
書きとったノートは宝物
あれほど恐怖でいっぱいだった私が、一日目から授業では必ず一番前に座り、先生の話や他の人へのダメ出しまですべて必死にノートに書きとりました。人生最後の賭けなのです。命を賭けているのです。これでダメならすべてを捨てる覚悟で、この一年を過ごすと決めて来ているのです。
一年でそのノートは五、六冊になりました。
それは今でも、二度と手に入れることができない宝物となっています。

