外国人労働者が文字通り一時的な存在だった過去の時代なら、その前提も理にかなっていたかもしれない。しかし、多くのビザ保持者が人生の成人期のほとんどを他国ではなく日本で過ごしている今日において、その前提はもはや通用しない。
永住権への道は依然として険しい。多くの申請者は、10年以上の継続的な在留、安定した収入、そしてクリーンな素行記録を求められる。だが、これらの基準を満たしたところで保証はない。
審査プロセスは不透明で、入管のオフィスによって基準が異なり、一度の転職期間の空白や軽微な手続き上のミスだけで、申請は容赦なく振り出しに戻される。
多くの長期在留者にとって永住権が手の届かない場所にあるのは、彼らが社会に適応できなかったからではない。そもそもシステムが、彼らの定住を成功させるために設計されていないからだ。
日本社会が支払う「見えないコスト」
長期在留者が将来を見通せないとき、彼らは長期的な投資や決断を躊躇するようになる。経営者は事業拡大を先送りし、労働者はキャリアのリスクを避ける。
家族は日本への定住ではなく、いずれ国へ帰ることを前提としたライフプランを立てる。この不確実性は社会全体の生産性を低下させる。経験豊富な労働者や、定住を望む家族を必要としている日本自身が、そのツケを払っているのだ。
社会的コストも同様に深刻である。長期在留者の子供たちの多くは日本で生まれ育ち、日本語を第一言語とし、日本以外の国で暮らしたことがない。もし親のビザが突然更新されなくなれば、これらの家族は残酷な選択を迫られる。親は、子供たちが育ち、全人生を築いてきた国から、我が子を引き離して出国せねばならないかもしれない。
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【「母国へ帰ればいい」は非現実的】
