「幼い頃からフィギュアスケートに打ち込んでいたので、スポーツで大学の推薦を受けられたらいいなと何となく考えていたんです。娘の成績表はあまり見ていなかったので、そんなことがあるのかと戸惑いました」
ソフィアさんは飛び級で違う州の大学に入学することを希望したが、16歳で親元を離れて寮生活をすることを心配した武田さんは、まずは近所の「コミュニティ・カレッジ(公立の2年制大学)」に通い、そのあと4年制大学に編入することを提案。
すると、ソフィアさんはコミュニティ・カレッジを1年飛び級で修了し、大学に編入。19歳で大学を卒業した。現在は医師を目指し、メディカル・スクールに在籍している。
これほどの経歴を聞くと、さぞ教育熱心に育てられたのだろうと感じるが、武田さんの答えは意外なものだった。
「勉強しなさいと言ったことは一度もないんです。私のいちばんの望みは、娘が健康で幸せにいてくれること。勉強に関しては、義務教育を終わらせることが目標で、それ以上は何も望んでいませんでした」
では、ソフィアさんの原動力は何だったのか。武田さんはこう振り返る。
「娘が学ぶことを好きなのは、生まれつきだと思います。私がやってきたのは、小さい頃からとにかくいろんな経験をさせること。娘の負けず嫌いな性格を抑えつけず、興味があることはとことんやらせてきました」
乳幼児期から整えた「生活の型」
「いろいろな経験をさせる」という武田さんの実践は、ソフィアさんが歩き出す前から始まっていた。
「正直に言うと、私自身は公園は大嫌いなんです(笑)。でも、1日2回は必ず連れて行って、太陽の光を浴びさせて目いっぱい遊ばせました。ディズニーランドやレゴランドの年間パスも買っていたし、とにかく外に出て、いろんなものを見せたかった」
