大木氏は売る予定はないと伝えたそうだが、もしあのときに青山校地を売っていれば、今ほどの青学人気はなかったであろう。郊外へ「追い出され」ながらも、青山の地は絶対に手放さなかった。その判断が今、青学を都心回帰の勝ち組の一つにしている。
森の里の美しい風景は今も変わらない
ネット上を探すと、SNSやブログなど、青学の卒業生が厚木キャンパスをなつかしむ声がちらほら出てくる。1時間も雨の中バスを待った、本厚木に戻ることを下山と呼んだ、春先は学食のサークル席取りで徹夜で並んだ……と、皆、当時の不便さをなんとも楽しそうに語っている。
日産の研究所である跡地を見にいった卒業生からは「当時の面影は残っていない」という声があがる。確かにそうなのかもしれないが、全く当時を知らない筆者からすれば、青学が日産の研究所にすっぽり変わっただけで、森の里としては大きく変わったようには思えない。
キャンパスが消滅してしまうのは町として大きなことだが、厚木キャンパスの場合、周辺に学生街が形成されていたわけではない。学生向けアパートなどが入居者減で苦戦したことは予想されるが、もともと通学生の方が多かったのもあり、影響は限定的だったのではないだろうか。
森の里は「自然との調和」を大切に開発されたニュータウンだ。自然樹林を生かした公園や緑地が至る所にあり、四季折々に新緑や紅葉など美しい景色が楽しめる。森の里の中央に位置する若宮公園は桜の名所としても有名だ。
厚木キャンパスに通った青学生たちも、きっと見ていたであろう美しい風景は、今も変わらずそこにある。
