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「最寄り駅からバスで1時間」「食堂が貧弱で空腹学生が続出」…剛腕理事長がゴリ押しした「青学・厚木キャンパス」撤退の顛末

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背景に大山をのぞむ森の里の住宅エリア
背景に大山をのぞむ森の里の住宅エリア。森の里は、南北に走る幹線道路を挟んで、東側に企業や大学の誘致エリア、西側に住宅エリアがある(写真:筆者撮影)
  • 松本 史 フリーランス編集・ライター
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日産への売却が決まった後、当時の代表取締役社長兼CEOだったカルロス・ゴーン氏も厚木キャンパスを訪れたそうだ(写真:筆者撮影)

2013年に人文・社会科系学部を青山キャンパスに集約

2003年3月に厚木キャンパスから撤退し、4月に相模原キャンパスがオープンする。しかし、青学の改革はここでは終わらなかった。2013年にはキャンパスの再編が行われ、人文・社会科系学部の1、2年生は相模原キャンパスから移り、4年間一貫して青山キャンパスで学ぶようになる。

その背景には、2002年に工場等制限法が撤廃され、さまざまな大学が都心回帰し始めていたことがある。2010年11月8日の『朝日新聞』には、「1982年に厚木キャンパスを開いたが、一時6万人を超えた志願者は3万人台まで落ち込んだ。03年に厚木から移転して相模原を開くと、5万人台まで盛り返した。今回さらなる志願者増に期待する」とある。

その期待通り、キャンパス再編で志願者数は増加した。入試改革の影響で一時落ち込んだ時期はあったものの、2024年度以降は右肩上がりで志願者が増え、2026年度は東進ハイスクールによると5万4444人になっている。さらに、以前は立教とダブル合格した際に立教を選ぶ学生の方が多かったが、最近は青学を選ぶ学生が多いという分析もある。

実は森の里に土地を購入した頃、当時の東急電鉄社長・五島昇氏が大木氏のもとを訪ねてきたことがあったそうだ。「(前略)あれだけの規模のものを造るのだから、青山キャンパスの土地の少なくとも半分は売るに違いないという噂が流れたらしい。(中略)もし青山が校地を売るのならば、ぜひ我々渋谷在住の財界人に売ってほしいという話であった」(『東京人』1988年3月「青山学院厚木キャンパス事始」)。

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【キャンパスが消滅した「森の里」のその後】

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