加えて、介護福祉の知識はあっても、経営の視点に立って舵取りできる人は少ない。熊谷さんはIDEALの維持費、スタッフの給与、自社の利益、業界全体の健全な成長――そのすべてを念頭に置きながらシフトを組み、業界の教育・研修体制の必要性を訴え続けている。
応募は数百通「億単位の寄付」も断った理由
重い障害がある娘を「自分で看取りたい」とすら思っていた筆者にとって、IDEALの仕組みは目からウロコだった。
オープン時には、1棟目・2棟目ともに数百通の応募や問い合わせが届いたという。中には「すべての財産を売って持参させます」「億単位の寄付をします」という申し出もあったが、熊谷さんはどちらも断った。
「入居者の決定はすべて僕の独断と偏見です。自分の家に住んでもらう人を自分で選びたいだけ」と笑うが、応募者の人生を左右する決定の責任をスタッフに負わせたくないと考えてのことだ。入居者を1人ずつ慎重に増やすのも、一人ひとりの生活パターンや相性を重視しているからなのだ。
他地域展開については、現時点では考えていない。世田谷区と築き上げた信頼関係があってこそ実現できているからだ。ただし、本気で取り組む人物が現れればサポートしたいと、いつでも見学を受け入れている。
重度心身障害や医療的ケアは、後天的な病気や事故で誰にでも起こりうる。「みんなで住める大きな家」が各地に増えることで、介護者も本人も社会的に孤立せず生きていける社会に近づくかもしれない。
それにしても……。
身内に重度障害者がいたわけでも、福祉を志して育ったわけでもない熊谷さんは、なぜここまでするのか。話を聞き進めるうち、彼の口からは想像を超える過去がぽつりぽつりと語られ始めた。
かつてはヤンキー組織のトップに立ち、何不自由ない生活を送りながら、ある朝突然、「全財産600万円を後輩に渡し、ボストンバッグひとつで上京した」という。
そんな男が、なぜ誰も解けなかった「親なきあと」問題の最前線に立っているのか。
後編では、熊谷さんの誰も想像し得ない波乱万丈な半生をたどる。
