15歳から18歳にかけての高校3年間は、子どもから大人へと成長する多感な年頃だ。もちろん「大学受験」という大きな目標はあるが、部活だけでなく、趣味や友達との交流、恋愛、そして「だらだらすること」も含めて、多様な時間を過ごすことも可能なはずだ。3年生での引退まで、すべてを「部活」に捧げるような高校生活が「一般的」とはとても思えない。
「私は部活がやりたくて、高校教員になりました。〇〇高校の××先生が私の恩師です。先生は、365日私たち部員のことを考えて、一生懸命指導してくださいました。先生の指導でインターハイにも出場できたし、大学にも推薦で入ることができました。高校時代から、××先生のような指導者になろうと思っていました。夢がかなってうれしいです」
部活の取材をしていて、若い教員からたびたび聞いた話だ。公立、私学を問わず、多くの高校には「部活命」の教員がいる。強豪、有力と言われる学校の部活は、部活指導にすべてをささげる教員が代々熱血指導をしてきた。そして熱血教員は、熱血部員を生み、その熱血部員が次世代の部活指導者になる。この連綿と続く「師弟関係」が「部活」の根底にある。この「部活至上主義」ともいえる教員たちが、一部の高校部活をここまで濃密で、暑苦しいものにしているのだ。
部活至上主義が抱える問題
私学では「強化部」と「一般部」を分けている学校も多い。強化部の生徒は、一般の生徒とは別個に募集し、授業内容、カリキュラムも別になっている。一般の生徒は「受験」で、強化部の生徒は「部活」で大学を目指す。いわゆる「文武別道」だ。教育方針の異なる二つの学校が同居しているようなものだ。
公立高校でも部活によっては「違うコース」で生徒を募集することもあるが、「部活」で活躍する教員と、一般教員の日常は異なっている。部活教員は休日、早朝出勤もするし、遠征にも同行する。もちろん一般教員にも残業や休日対応はあるが、部活動に深く関わる教員とは、拘束のされ方が異なっている。
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【遠征に「総量規制」を設けるべき時期】
