大学の獣医学部では、水族館や動物園で飼われている動物、とくにアザラシのような海に棲む哺乳類の病気について、体系的に学ぶ機会はほとんどありません。教科書や専門書などもきわめて限られています。
だからこそ、このときのような病理解剖には大きな意味があります。
動物の病理解剖が必要な訳
今回のゴマフアザラシでは、食欲の低下以外に目立った異常がないまま亡くなったあと、甲状腺がんと、リンパ節や肺への転移が明らかになりました。
高齢の動物が亡くなると、「年だから老衰だろう」と思われがちです。しかし、解剖してみると、実は重大な病気が見つかるということも少なくありません。今回のケースでも、病理解剖を行ってきちんと調べなければ、がんにかかっていたことにさえ気づかなかったでしょう。
また、動物園や水族館で飼われている多様な動物の病理について、大学などで学ぶ機会は限られていますから、動物園や水族館の獣医師さんが病理解剖を行った場合、重要な病変を見落としてしまいがちです。
このときは、水族館の獣医師さんと一緒に病理解剖を行いながら、観察の仕方や解剖の手法を説明しました。
獣医師さんからは「こんなに細かいところまで観察しているのですね」「自分で解剖していたら、甲状腺のがんは見つかっていなかったと思います。先生に病理解剖をお願いしてよかったです」と言われました。
こういうことがあるので、ぼくはできるだけ多くの病理解剖の依頼を受け、時間が許す限り現地に赴いて、病理解剖を行うようにしています。
そうして得られる症例の知見や現地の方々の経験は、その個体の死因を知るためだけでなく、今生きている動物たちの健康管理にも生かされます。
一頭の動物の死を、ただの死では終わらせない。丸くて、なめらかで、転がりやすいゴマフアザラシの体。その体の中で何が起きていたのかを知ることの積み重ねが、これからを生きる命を守ることにもつながるのです。
