死因を調べる病理解剖でも、アザラシ特有の苦労があります。
まず、体が丸いこと。そして、手足が短いこと。さらには、体表が短い毛に覆われており、この毛は水に濡れるとつるりとした質感になること。つまり、解剖中に遺体を固定しておくことが大変なのです。
このときも獣医師さんに遺体を支えてもらいながら、何とか解剖を進めました。
また、厚い皮下脂肪は、解剖刀の切れ味を落とし、途中で何度も刃を研ぎ直すことを強います。さらに、魚食動物ですから、遺体には強烈な魚臭さもあります。
すぐ転がってしまう体、ぬるぬるした脂、魚臭さ……アザラシの病理解剖は、こうした彼らの体の特徴と向き合う作業でもあります。
ゴマフアザラシの寿命
後日、病理診断の結果を伝えた際、水族館の獣医師さんは、「うちでは高齢の鰭脚類が増えているので、なんとか病気を早く見つけられるようにしたい」と話しておられました。
飼育技術の向上により、ゴマフアザラシは飼育下で30年、個体によっては40年以上も生きるようになりました。それ自体はよいことですが、長く生きる個体が増えれば、今回のがんのような、加齢に伴う病気の発生も増えます。
皮下脂肪が厚いアザラシのがんを早期発見することは、簡単ではありません。ただ近年は、「ハズバンダリートレーニング(受診動作訓練)」に取り組む水族館や動物園が増えてきました。
これは、動物が自分から体重測定や採血、体の観察などに協力できるようになるためのトレーニングです。
アザラシが自分から体重計に乗ってくれる。採血しやすい姿勢をとってくれる。体の特定の部位をよく見えるようにしてくれる。そうしたことができるようになれば、彼らの健康状態の変化をより把握しやすくなり、病気の発生に気づける可能性は高まります。
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【大学では学ぶ機会がない生態】
