土浦で起きていたのは「客層の交代」
土浦駅前は衰退したのか、再生したのか。実際に歩いてみると、そのどちらか一方では整理しきれない。
百貨店と大型店が集積していた時代と比べれば、広域商業拠点としての機能は大きく縮小している。かつて駅前を歩いていた買い物客の姿は、ほとんど見られなくなった。
一方で、駅前から完全に人が消えたわけでもない。市役所のラウンジには地元住民が集まり、PLAYatré土浦には観光客やサイクリストが訪れていた。駅前マンションの建設も進み、居住機能はむしろ増えている。
ここで興味深いのが、PLAYatré土浦のコンセプトである。「モノを売るのではなく、サイクリングという『コト』を体験してもらう駅ビル」。これは、土浦が「消費の街」から「体験型観光の街」へ転換しようとしていることを象徴している。
ただ、実際に歩いてみると、その「コト」は駅ビル内で完結している。サイクリング客は駅ビルで自転車を組み立て、霞ヶ浦方面へ向かって戻ってくる。駅周辺には立ち寄れる土産店や飲食店が多いとは言えず、街全体を回遊する構造にはなっていない。体験の「点」は存在しているが、「街全体を歩かせる線」にはなりきれていないのである。
それでも、街を歩いていて印象的だったのは、土浦の人たちのホスピタリティだった。取材中、街の人に声をかけるたびに「土浦に来てくれてありがとう」と言われた。
広域から買い物客が訪れていた時代、駅前商業は大量の来街者を前提に成立していた。だが現在の土浦は、自転車や観光をきっかけに訪れる人を、一人ひとり迎え入れる街へ変わりつつある。
土浦は、広域買い物拠点ではなくなった。だが、観光地として完成したわけでもない。体験型観光地への移行が始まっているが、点と点をつなぐ線はまだ作られていない。今の土浦駅前は、その端境期にある。
