週刊東洋経済 最新号を読む(5/23号)
東洋経済オンラインとは
ライフ #百貨店消滅タウン

地元店主も「つくばに取られちゃったよね」と嘆き…「茨城屈指の商業都市」はなぜ「廃墟モールのある街」にまで落ちぶれたか

10分で読める
モール505。現在は半分以上が空き店舗となっている(写真:筆者撮影)
2/6 PAGES
3/6 PAGES
4/6 PAGES
5/6 PAGES
6/6 PAGES
1階〜3階まで、さらにA〜E棟まであり、見どころ満載(写真:筆者撮影)

土浦で起きていたのは「客層の交代」

土浦駅前は衰退したのか、再生したのか。実際に歩いてみると、そのどちらか一方では整理しきれない。

百貨店と大型店が集積していた時代と比べれば、広域商業拠点としての機能は大きく縮小している。かつて駅前を歩いていた買い物客の姿は、ほとんど見られなくなった。

一方で、駅前から完全に人が消えたわけでもない。市役所のラウンジには地元住民が集まり、PLAYatré土浦には観光客やサイクリストが訪れていた。駅前マンションの建設も進み、居住機能はむしろ増えている。

ここで興味深いのが、PLAYatré土浦のコンセプトである。「モノを売るのではなく、サイクリングという『コト』を体験してもらう駅ビル」。これは、土浦が「消費の街」から「体験型観光の街」へ転換しようとしていることを象徴している。

自転車の組み立てスペースがあり、大変便利(写真:筆者撮影)

ただ、実際に歩いてみると、その「コト」は駅ビル内で完結している。サイクリング客は駅ビルで自転車を組み立て、霞ヶ浦方面へ向かって戻ってくる。駅周辺には立ち寄れる土産店や飲食店が多いとは言えず、街全体を回遊する構造にはなっていない。体験の「点」は存在しているが、「街全体を歩かせる線」にはなりきれていないのである。

それでも、街を歩いていて印象的だったのは、土浦の人たちのホスピタリティだった。取材中、街の人に声をかけるたびに「土浦に来てくれてありがとう」と言われた。

広域から買い物客が訪れていた時代、駅前商業は大量の来街者を前提に成立していた。だが現在の土浦は、自転車や観光をきっかけに訪れる人を、一人ひとり迎え入れる街へ変わりつつある。

土浦は、広域買い物拠点ではなくなった。だが、観光地として完成したわけでもない。体験型観光地への移行が始まっているが、点と点をつなぐ線はまだ作られていない。今の土浦駅前は、その端境期にある。

こちらの記事もおすすめ

あなたにおすすめ

ライフ

人気記事 HOT

※過去1週間以内の記事が対象