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ライフ #百貨店消滅タウン

地元店主も「つくばに取られちゃったよね」と嘆き…「茨城屈指の商業都市」はなぜ「廃墟モールのある街」にまで落ちぶれたか

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モール505。現在は半分以上が空き店舗となっている(写真:筆者撮影)
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駅ビルに入っている「PLAYatré土浦」は、カフェやレストラン、土産店などのショップも豊富で、「サイクリニストの憩いの場」を提供している。たしかに、午前中の時点でフードコートは6〜7割ほど席が埋まり、観光客らしい利用者が多かった。

ところが、「URALA」に入ると風景が一変する。午前中は閑散としていたが、午後になると、1階と2階の市民ラウンジは満席に近く、その多くは近隣住民のように見えた。

しかし、午後になってもやはり駅前広場を歩く人は少ない。86年、当時の歩行者調査で「丸井横で休日2万人」いたと記録された駅前は、今は駅の中に移動しているようだった。

かつて丸井だったビルには、現在カラオケや居酒屋が入っている。人の姿は少ない(写真:筆者撮影)

現在の土浦は「目的地に行って帰る街」

土浦城周辺は風光明媚な景色が広がる。亀城公園には子供連れの家族の姿も(写真:筆者撮影)

駅から土浦城まで歩いた。かつて、この2つをつなぐ国道125号沿いに百貨店が密集していた。しかし、取材当日は人はまばらで、すれ違う人も少ない。

亀城公園に向かうと、園内には家族連れの姿がちらほら見えた。中城通りにある喫茶店の店主に話を聞くと、「今日はたまたま人が少ないけど、普段は外まで列ができます。お客さんの目的もさまざまで、お城好き、マンホールカード集め、サイクリング客と、いろんな目的で来る人がいますよ」と教えてくれた。

ただ、歩いていて気づいたことは、たしかに観光客は来ているが、街を回遊しているというより、「目的地に直行し、目的を終えると帰る」という動きに近いことだ。

サイクリング利用も同様である。土浦駅はつくばりんりんロードや霞ヶ浦周辺を走るサイクリングルートの起点になっているが、利用者の多くは駅で自転車を組み立てたら、そのまま目的地へ向かう。駅前を歩き回るわけではない。駅は出発地点と帰着地点として使われていた。

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【かつて土浦駅前には回遊動線が存在していた】

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