たとえて言うなら、政治のスペクトルの両端にいる人を、トランプでブリッジの勝負をしている競争者と考えればいいかもしれない。
全員いっしょにプレイをしているが、どのスーツ〔訳注 スペード、ハート、ダイヤ、クラブの13枚組のどれか〕が切り札か、意見が一致しない。
左派の人にとっては、公正さと害の回避こそ切り札となるべき価値観であり、他の価値観はすべて、重要度の点で副次的だ。一方、右派の人にとっては、個人の権利が切り札となる価値観であり、つながりでさえ副次的だ(ただし、僅差ではあるが)。
左派と右派の争いは主に、人がこれらの価値観のうちのどれかを犠牲にしてどれかを優先せざるをえなくなったときに起こる。
課税と社会支出のトレードオフ
価値観の重みづけの違いが政治的意見にどのように表れるかをつかむために、アメリカの世論調査のデータから始めることにしよう。
課税と社会支出のトレードオフは、素晴らしい出発点になる。このトレードオフは、社会支出は税収で賄う必要があるという財政の現実を捉えているだけでなく、自主性とつながりの間の根本的な緊張関係も簡潔に表している。
もし私が税というかたちであなたからお金を取り上げれば、私はあなたが自分のお金をどう使うかを決めるのを妨げることによって、あなたの自主独立を侵害している。
お金を払えばさまざまな選択肢が得られるので、私はあなたに課税することで、あなたの融通性も侵害している。課税は自主性を減じる。
もし、それから私があなたの税金を社会プログラム(社会福祉、低所得者向けの補助的栄養支援プログラム、職業訓練プログラムなど)に使えば、あなたのコミュニティに暮らす人の生活を向上させることで、他者に対するあなたの関心に取り組むことになる。
社会支出は、つながりにまつわる目標を達成する。税金は、橋や官僚や爆弾のためにも使われるが、社会プログラム(メディケア〔訳注 高齢者と身体障害者向けの医療保険制度〕やメディケイド〔訳注 低所得者医療扶助制度〕や社会福祉を含む)への支出は、予算のおよそ3分の1を占める。
つまり、私たちの税金の3分の1は、他者を助けるために使われているのだ。

