ここで京大が見ているのは、英単語の辞書的意味を知っているかどうかではありません。前後の文脈と筆者の問題意識を踏まえ、最もふさわしい日本語を組み立てられるかどうかです。
だから京大英語では、英語力だけでなく、日本語で意味を立ち上げる力まで問われます。単に訳せるかではなく、「どう訳せばこの文章の批評性や違和感が伝わるのか」を考え抜くことが必要になるのです。
このように見ていくと、「東大と京大のどちらが難しいか」という問いには、単純な優劣では答えられないことがわかります。東大は、膨大な情報を前にしても処理速度と正確性を落とさない受験生にとっては戦いやすいかもしれません。
しかし、一問に時間をかけて深く考えるタイプには厳しい。一方、京大は、問題数こそ少ないものの、一つの表現に粘り強く向き合い、自分の頭で意味を掘り下げられる受験生には向いていますが、曖昧な文脈や未知語に耐えられない人には非常に重い試験になります。
東大と京大は測っている能力の軸が違う
つまり、東大の難しさは「速く、広く、正確にさばく」ことにあり、京大の難しさは「深く、粘って、表現として掘り当てる」ことにある。同じ英語の試験でありながら、測っている能力の軸が違うのです。
だからこそ、「東大の方が上だから難しい」「京大は問題が独特だから難しい」といった単純な言い方では、本質を捉えきれません。難しさとは、問題の見た目ではなく、その大学が受験生に何を要求しているかによって決まる。
東大は思考の速さを、京大は思考の深さを求めている。そう考えると、両者の違いは優劣ではなく、思想の違いだと言えるでしょう。
もし「どちらが難しいか」と問われたら、答えはおそらくこうなります。
速さを求められる厳しさが東大にあり、深さを求められる厳しさが京大にある。
そして、そのどちらをより難しいと感じるかは、受験生がどんな思考の型を持っているかによって変わると言えるでしょう。

