不登校支援で親御さんの相談を受けると、子が不登校になると、母親が責められてつらいという相談も聞きます。
夫が帰宅すると子どもに「学校に行ったのか? 家にいたなら勉強はどこまでやった? なんでゲームなんてやってるんだ!社会はもっと厳しいんだ!」と叱られてしんどいと。それも、ネガティブ・ケイパビリティの欠如した状態。怒って正論を言っても誰もハッピーにはなりません。
言葉を交わせるサードプレイスをつくろう
「学校に行けてないんだから学校の時間帯に外に出るのは控えたほうが…」と考えがちな親や先生のことに触れましたが、学校でも家でもない”サードプレイス”の存在はとても大事です。
例えば町の図書館に行く、散歩に出る、博物館などの社会教育施設に行く、なじみの商店など、おしゃべりをする場と人がいることは、健康的ですてきな学びです。
子どもたちの24時間をどう使うかを、子どもたちが自分で考えてやってみたらいいと思うのです。ただ、子どもには選択肢が乏しいから、初めは一緒に出掛けたり、出会う機会をつくるのも必要。
学校は自分にとってつらいところだけど、他の場で言葉を交わす人がいる、案じてくれる人がいると救われるものです。学校に足が向かないとき、自分に居場所がない、ということはありません。時に、地域にこそ温もりがあるのです。
私は学校で教員をしているくせに、自分の子が学校にフィットできなかったらとたんにダメダメになってしまった。
「今学校に行かないと将来詰む」とか「社会性がなくなる」なんて言われたこともあるけど、息子の経験で言えばそんなことはありませんでした。
今、学校がつらい人、登校しようとすると体がすくんでしまう人、これはあなたの心の弱さや心の問題ではないので、まずは体のコンディションを整えましょう。そのように吉里恒昭氏は『「ポリヴェーガル理論」がやさしくわかる本』の中で述べています。
「北風と太陽」の寓話ではないが、冷え切った体に冷たい風を当てて鍛えるよりは、まずは体を温めて、温かいものを食べて、暖かいベッドで眠ること。「いい意味でそっとしておいて待ってくれてよかったよ」とずいぶん後になってから「不登校サバイバー」が語ってくれました。
不登校に特効薬も魔法の杖もありません。でも、「待つ」というのは大事なことだと今思っています。



