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今は「すべての投資」をやめるとき、2026年は「投資は死んだ」と言われる「歴史的な年」になる

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なぜ筆者は「今は投資をやめたほうがいい」と主張するのだろうか(写真:ブルームバーグ)
  • 小幡 績 慶応義塾大学大学院教授
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では、私の大好きな、ヴィンテージのLPレコードはどうだろう。もっと一般的には、ワイン、スニーカー、アンティーク、骨とう品、美術品というアート投資、これらはどうだろうか? 金融資産からもっとも遠い気がする。これなら、実物としての価値が失われないような気がする。

しかし、有名アーティストの使っていたヴィンテージギター、ジョン・レノンのメモ、大谷翔平のホームランボール、こういったものが超高値でオークションで落札されていることは何を意味するのか? 

もはや、それらはコレクター商品ではなく、転売用のものとなってしまった。要は、転売ヤー案件である。古典的な定義でいえば、「投機」である。これらは、典型的な投機対象となってしまったのである。投機対象となったコレクター商品ほど、リスクの高いものはない。

なぜなら、コレクター、マニアたちとは違って、自分では価値のわからない人々が、殺到することによって値上がりし、値上がりがさらなる転売ヤーを呼び込んで、典型的なバブルになっているからである。

これは、株式のバブルよりも始末が悪い。株式のバブルには、それなりの根拠がある。なぜなら、これらは、もともと投資商品であり、投資商品が投機商品に成り下がっただけであるから、投資と投機の違いだけなのである。いずれにせよ、もともとキャピタルゲインを狙っているから、本質的に転売用にできているのである。投資も投機も、売るために買うのである。

一方、コレクター商品は、一生手放したくないお宝だから価値があるのであり、買ったら一生売らないのである。転売されるコレクター商品とは、コレクターが買わない、本当には価値のないモノなのである(有名なものだが、コンディションが悪いものや素人のミーハーな似非マニアしか買わないもの。彼らはすぐに飽きて、似非マニアもやめてしまう)。だから、こういう転売用投機商品ほど価値の下がるものはない。絶対に投資してはいけない。アートもいつか終わりが来るだろう。

まったく失われてしまった分散投資の有効性

すべての投資対象にリスクがあり、割高だとすると、どうすればいいのか。古来の知恵が教えるのは2つである。1つ目は、分散投資である。持たざるリスクがある以上、分散してリスクをコントロールする。しかし、ここがいちばんの危機となっているのである。つまり、現在のリスク資産市場の最大の問題は、分散投資の有効性がまったく失われていることなのである。だから、どんな投資もリスクが極大に膨らんでいるのだ。

さまざまな投資対象について前述したが、もっとも伝統的な債券については触れていなかった。なぜなら、債券投資の有効性はまったく失われているからである。株式と債券に分散投資するのが基本だが、21世紀においては、株と債券はほぼ常に正の強い相関を持つようになってしまったのである。

20世紀までは「質への逃避」というものがあった。2008年のリーマンショック後も一応あった。しかし、それは完全なバブル崩壊のときだけである。このときは、株や不動産がだめで国債に逃げ込んだが、国債はすぐにバブルになってしまった。暴落はしないかもしれないが、値上がりは見込めなくなってしまったのだ。

そのうえ、各国の中央銀行が買い支えたから、異常な高値、利回りは最低になってしまい、そもそも利子を得る目的として機能しなくなってしまった。キャピタルゲインを狙わずにインカムゲインを狙おうとしても、それがほぼゼロであり、唯一の望みは、中央銀行がさらに買い増すこと、利下げをとことん行うこと、それにより値上がりして、中央銀行に買い取らせてキャピタルゲインを取ることを狙うという、非常に投機的なものになってしまった。その典型が「日銀トレード」であった。

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【結局、すべての資産が「正の相関関係」に】

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