アメリカとイランの和平協議が難航している。アメリカは、「壮大な怒り」作戦と称してイランを攻撃したが、ハメネイ師を殺害した後の確たる戦略はなく、迷走が続いている。
アメリカが、怒りに任せて他国を攻撃したのは、今回が初めてではない。2001年、「9.11アメリカ同時多発テロ」で2977人が亡くなり、世界は一変した。ジョージ・W・ブッシュ米大統領(当時)は、テロの首謀者とされるオサマ・ビンラディンが潜伏しているアフガニスタンのタリバン政権に、彼の身柄の引き渡しを求める。
アフガンの人々は合点がいかないはずだ
「悲しみは怒りへと変わり、怒りは決意に変わった。敵を裁きの場に」とブッシュ氏は拳を振り上げた。タリバン側が、ビン・ラディンが真犯人だという証拠を示せと応じると、問答無用とばかりアフガニスタンを空爆する。ちなみにテロ実行犯19人の主体はサウジアラビア出身者で、アフガン人は一人も含まれていなかった。「対テロ戦争」は怒りのはけ口として始まった。
こうしたアメリカの行動に対し、中村さんは、こう反論した。
〈いま(アフガニスタンの)一般の人々は、ビンラディンと自分たちが結びつけられていることに合点がいかないであろう。繰り返すが、何百万人もの人々が飢餓線上にいるのである。にもかかわらず、助けてくれるどころか、ビンラディンが潜伏しているというだけの理由で、なぜ世界中の大国から攻撃されなければならないのか。(略)『人権』というなら、ではアフガニスタンの人びとの『生存権』についてはどう考えるのだろうか〉(『空爆と「復興」 アフガン最前線報告』)
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【小麦粉と食用油を配ろう】
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