台湾軍が規律や人権の面で社会から厳しい視線を向けられる契機となったのは、2013年に発生した兵士死亡事件、いわゆる「洪仲丘(ホンチョンチュー)事件」だ。
13年7月、洪仲丘さん(当時24歳)は、国立成功大学(台南市)を卒業した若者で除隊を3日後に控えていた。しかし、その直前に不幸な出来事に巻き込まれることとなった。
発端は、基地内にカメラ付き携帯電話や音楽プレーヤーを持ち込んだことだった。これが軍紀違反とされ、独房への収容や過酷な懲罰訓練が科されることになった。
「洪仲丘事件」の影響
洪さんは除隊間近であったうえ、健康面での懸念も指摘されていた。それにもかかわらず、上官らの判断により異例ともいえる速さで処分が決定されたとされる。
当時、気温33度を超える高温多湿の環境下で、十分な水分補給がなされないまま、腕立て伏せや跳躍などの激しい運動が長時間にわたり洪さんに課された。
その結果、訓練中に意識を失って倒れ、病院へ搬送されたが、翌日に死亡が確認された。死因は「重度の熱中症による多臓器不全および播種性血管内凝固症候群」(DIC)とされている。
戒厳令時代であれば、この種の事件は公にされなかった可能性もある。しかしこの時の台湾はすでに民主化が進んでおり、軍の対応や体質に対する疑念が次第に明るみに出ることとなった。
とりわけ問題視されたのは、洪さんの体調が悪化したとされる重要な約80分間の監視カメラ映像が残っていなかった点である。軍は機器の故障を理由に説明したが、世論の間では証拠隠滅の可能性を疑う声が広がった。
さらに、除隊間近の兵士に対してこのような重い処分が下されること自体が異例であり、上官による不適切な対応やいじめの可能性も指摘された。
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【文民である国防相が重視していること】
