55年の日本の人口は9000万人弱だったが、フィリピンは2500万人。それが14年には1億人を突破し、24年には日本に迫る1億1273万人となった。
ところがフィリピン統計庁から、これまでの子だくさんのイメージを覆す数字が26年3月30日に発表された。冒頭で紹介した1.7という合計特殊出生率(25年)だ。
統計庁の前々回調査(17年)は2.7だったが、22年の前回は1.9と急激な落ち込み、人口置換水準を下回っていた。しかし、この時は新型コロナ感染拡大による一時的な落ち込みとの見方が強かった。ちなみに93年は4.1、私が取材した翌年の13年は3.0だった。先の国連データでは、フィリピンの合計特殊出生率は、コロナ禍真っ只中の20年の段階で、2.08と置換基準を割り込んでいた。
老後の保障より今の生活と教育
今回の落ち込みは一時的な現象と解釈すべきか、はたまた不可逆な転換点を超えたとみるべきか。改めてナティビダド名誉教授を人口研究所を訪ねた。
教授は1.7という急激な下落には驚いたとしつつ、「構造的な変化だ。かつてのような子だくさんに戻ることはない」と断言した。
それではなぜ急激に少子化に傾いたのか。どのような事情の変化があったのか。
教授によると、リプロダクティブ・ヘルス法が12年に施行されたこともあり、避妊や結婚観に与えるカトリック教会の影響力は徐々に薄れてきた。10代の妊娠が減少するとともに結婚や出産の時期も後ろ倒しになっている。
何より「子だくさんは幸せ」という感覚が急速に失われているという。子どもを大切にする文化や男女の隔てが少ない社会が消えたわけではないものの、育児をめぐる人々の考え方が変わってきた。
曲がりなりにも経済成長が続き、周辺国と同様に、子どもを老後の保障とみるより、子どもの数を抑え、教育や生活の質を重視する傾向が強くなってきた。
教育費や生活費の上昇も出生数の抑制につながっている。かつては育児を支えた家政婦も海外就労が増えて確保が難しくなった。
所得階層別に見ると、富裕層では出生率が1.1程度まで低下し、貧困層でも2.8程度にとどまっている。アジアの他の国々と同様のトレンドだ。
教授には4人の子どもがいる。貧しい家庭に育ったが、一人っ子のため大学に進学できた。奨学金を得てマニラで修士課程に進んだ時に結婚した。88年に最後の子を出産して5カ月後にアメリカ・ハーバード大へ留学し、博士号を取得した。5年の滞米期間は、夫と両親、家政婦が母国で子どもたちの面倒を見たという。
しかしながら教授の子ども4人のうち3人は子どもを1人しか持っていない。「もっと子どもを欲しくないのかと聞いても、子育ては大変だという。価値観の変化としか言いようがない」と自分の家族を引き合いに話してくれた。
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【「子どもは神様の贈り物」は続くか】
