人手不足の救世主として迎え入れられたはずの時短メンバーが、なぜ結果として現場を疲弊させてしまうのでしょうか。その原因は、大きく2つあります。「連携コストの増大」と「負荷の偏り」です。
まず1つ目が、「連携コスト」の問題です。時短勤務者が入ると、フルタイム前提では存在しなかった業務が新たに発生します。「今、誰が何を抱えているのか」「どこまで進んでいるのか」「次は何をすべきか」フルタイム同士なら顔を見れば分かっていたことが、不在を前提にした途端、誰にも分からなくなるのです。この「誰にも分からない」を埋めるために、リーダーは常に全体を俯瞰し、穴を見つけては自分で埋める役回りを担うことになります。Bさんが本来の設計業務に集中できなかったのは、仕事量が増えたからではなく、"誰の目にも映っていない仕事"に一人で対応し続けていたからです。
そして2つ目が、「負荷の偏り」です。時短メンバーは定刻で帰ります。それは契約上、正しい働き方です。しかし現場では、夕方以降のトラブル対応や突発的な業務が必ず発生します。そのとき、誰が対応するのでしょうか。答えは単純で、「その場にいる人」です。結果として、フルタイム社員に負荷が集中します。時短側に悪意はありません。むしろ全員が正しく振る舞っています。しかし、その“正しさ”が積み重なるほど、現場には「結局、残った者が割を食う」という感覚が蓄積していきます。
この不公平感は、表に出にくいものです。なぜなら、「多様な働き方は正しい」という前提があるからです。誰も制度そのものを否定することができません。その結果、違和感や不満は言語化されず、静かに現場の空気を蝕んでいきます。
問題は「制度」ではなく、「設計不足」
ここで明確にしておきたいのは、問題は働き方の多様化という制度そのものではないという点です。本質的な原因は、自由を機能させるための「業務の再設計」が欠けていることにあります。
多くの企業は、働き手の「入り口」を広げることには熱心です。しかし、入った後の仕事の回し方は現場に委ねられてしまいます。誰が、いつ、どの粒度の仕事を担うのか。不在の時間帯に発生する業務を、誰が引き取るのか。突発的なトラブルに、どのようなルールで対応するのか。そして、フルタイム側に偏りがちな負荷を、どのように評価し、どう報いるのか。
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【設計されていない自由が、人を壊す】
